【コラム】治療のためにも「働く」 自営業者ががんになったら

医療ジャーナリスト 長田昭二 氏 写真/倉田貴志

 「がん転移」の告知を受けるそのときまで、手術を受ければ治るものと思っていた。つまり安心しきっていたのだ。それだけに、告知の瞬間から「その後の計画」が全面変更となる。その対応が大変だな……と考えていた。嘆いている暇はなかった。

 前立腺がんは転移してからも時間的な余裕がある。私も医師から「1~2年はこれまで通りに過ごせます」と言われた。

 希望としては60歳までは生きたいと思う。そこで60歳まで生きると仮定し、それまでの仕事の優先順位を考えた。新聞や雑誌の連載、定期的に受けている仕事は続ける(この原稿もその一つ)。一方、あまり興味のない仕事はセーブする。残りの人生は「書きたい原稿を書いて過ごす」という方針で行くことにした。

 とはいえこれまでとは比較にならない医療費がかかってくるわけで、遊んでもいられない。幸いにも加入していた生命保険が、がんと診断された時点でまとまった額の給付金が下りるタイプだったので、当面の医療費はそれでしのぐとしても、日々の生活はなるべく質素にする必要がある。たまたま“コロナ禍”ということもあり、外に飲みに行く機会が激減していたのは不幸中の幸いだった。

希望する治療を明確に示し、医師と議論を尽くした

 私自身が医療記者ということで、一般の患者より病気や治療、医療制度について多少の知識がある分、医師に対して「より詳細な説明」を求めることができる。そこで主治医には、残りの人生をどう過ごしたいのか、患者として希望する治療と希望しない治療を明確に示し、状況が変化するごとにディスカッションを重ねて治療方針を確認し合っている。このことは、治療への積極性を維持する上で大いに役立っている。

 妻と別れて9年の独り者、という点も有利に作用した。自分がいなくなることで悲しませる人がいない、という事実が心理的にラクにさせてくれるのだ。

 告知から2年が過ぎた昨夏、弁護士を訪ねた。今後のことを相談し、遺産管理等の手続きの一切を依頼する契約を結んだ。自分自身がいなくなる以上、事後処理を誰かに任せるしかない。親類に無理を言って頼むより、専門家に依頼するほうが安心だ。こんなときは、カネで済むことはカネで済ますべきなのだ。

 ただ、医療費に弁護士費用が加わるので支出は増える。こうなると「ステージ4のがん患者だ」と威張っているわけにもいかず、まだまだ働き続けなければならない。

 しかし、忙しさは病気のつらさを忘れさせてもくれる。いまできることを確実におこない、働けなくなったら病にあらがうことなく人生の幕を閉じる――。そんな計画を目標に、今日も普通に生きています。

(取材・文/長田昭二)

※週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2024』より

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