倖田來未(撮影/加藤夏子)
倖田來未(撮影/加藤夏子)

 そうした思いを抱きながらも、前に進むことを諦めなかったからこそ、今の倖田來未がある。その情熱の原点は、歌手になることを夢見た10代だった。

 倖田は京都府出身。高校は京都府内の私立高校に通った。

「中学時代、お母さんから『私立高に行くなら、お小遣いはないからね』と言われていたんです。結局、私立に進学したので、『自分でバイトする』と言ってお小遣いは自分で稼いでいました。高校1~2年の頃は、ガソリンスタンド、スーパーや生活ホビーショップでのレジ打ち、カラオケ店、居酒屋の店員など、いろいろなバイトをしましたね。唯一心残りなのは、クレープ屋さんでバイトをしなかったこと。どうして、あんなに好きなクレープ屋さんでバイトをやらなかったんだろうって、いまだにちょっと後悔することがあります(笑)」

 バイトで稼いだお金はカラオケボックスで歌ったり、CDを購入したりと、音楽への夢につぎ込んだ。そして高校2年の時、エイベックスのオーディションで準グランプリを受賞。だが、すぐにデビューが約束されていたわけではなかった。

「最初はレッスン生のような扱いでした。レッスン生として“お試し期間1年”みたいな感じだったんです。当時はダンスレッスンは、EXILEのHIROさん(現・LDH JAPAN会長)がコーチをしてくれて、他にはウォーキングとボイトレを受けました。毎週末、京都から東京に行って、HIROさんのレッスンを受け、日曜日に帰るという生活を送っていました」

 レッスン生として夢を追い続け、倖田がデビューをつかんだのは2000年12月。ファーストシングル「TAKE BACK」を発表した。ミュージックビデオ(MV)を見ると、当時はロングの黒髪で、まだあどけない少女の面影が残っているが、パンチがありながらも伸びやかな歌声は、やはり才能の片鱗を感じさせる。

「高校3年の夏休みにMVを撮っているんですが、校則がめちゃめちゃ厳しい女子高だったので、髪の色は黒のままでした。ヘアメークさんにエクステを付けてもらってロングヘアにして撮影しました。顔はふっくらしていましたが、体重的には今より痩せていたんですよ(笑)。実はデビュー曲はアメリカで先行発売して、ビルボードで18位になったんです。こんなことは、坂本九さん以来の快挙とも称賛されたんですが、日本では全然ヒットしなかったんです……」

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先に売れたのは「妹」だった