歌舞伎座舞台 経営企画室 兼 製作部 部長 山中隆成(やまなか・たかなり)/1968年生まれ。95年、多摩美術大学日本画専攻卒業。日本画家・松尾敏男(故人)に師事。99年、入社。歌舞伎座の舞台の全ての背景画を担当する絵描きリーダー(撮影/篠塚ようこ)
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 全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA2024年2月12日号には歌舞伎座舞台 経営企画室兼製作部 部長 山中隆成さんが登場した。

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 歌舞伎座(東京)で公演する演目全ての背景画を担当する絵描きリーダーだ。

 背景画は幅27メートル、高さ6メートルと巨大だ。印刷物は使わず、全て手で描く。道具は1本の刷毛(はけ)のみ。演目ごとに新しく描き、同じ絵を違う舞台で使い回すことは絶対にしない。

 背景画は、舞台で演じている役者を引き立てるもので、その邪魔になってはいけない。絵に照明があたればダイナミックに変化し、物語の情景を深める。

 単なる1枚の絵ではなく、歌舞伎の舞台に関わる役者、セット、照明、全てが含まれて完成する舞台芸術なのだ。

 歌舞伎座では演目が決定すると、次に背景画、照明と順にプランニングされていく。多くの人が携わる舞台美術は「道具帳」と呼ばれる舞台を正面から見たときの50分の1の縮尺で描かれた図に集約される。それを元に、実寸の背景画の作製にあたる。

 舞台で効果的な働きをするよう計算し、効率良く仕上げる作業計画を組むのも、大事な役目だ。

 まずは1枚の絵をなるべく1日で仕上げられるよう工程を4段階に分ける。10人の絵描きに作業を振り分けるが、それぞれが同じタッチで描けるように指示を的確に出す。床一面に敷かれた布に流れるように描いていく。絵を乾かす時間が唯一、気が休まる時だ。体力勝負の仕事でもある。

 コロナ禍後、歌舞伎公演のひと月の演目数が増え、新作も作られた。お客に喜んでいただきたい、驚かせたいとの思いから、エンターテインメント性の高い演出が加速した。

 それに伴い、描く背景画の数も以前より多くなり、作業も増加した。多忙のなか、最も大切にしていることは、「絵描きは職人ではなく、デザイナーであると自負を持つこと」。それがなくなってしまえば、幅が狭まってしまうからだという。

 毎年、春と秋に開催される日本美術院展覧会にチャレンジしてきた。これまで40回以上出品して、10回入選した。2023年には新作歌舞伎「流白浪燦星」(ルパン三世)のデザインを担当した。

 毎日、絵を描いて暮らすことが夢だった。それでも時には刷毛を持つのが嫌になることもある。

「けれど、描く幸せに勝るものはない」と語る。(ライター・米澤伸子)

AERA 2024年2月12日号