1981年、アイルランドの田舎町。9歳の寡黙な少女コット(キャサリン・クリンチ)は大家族のなかでも学校でもどこか浮いた存在だ。ある夏休み、コットは遠い親戚であるキンセラ夫婦に預けられることになる。子どものいない夫婦のもとで、ゆっくりと時を過ごすうちにコットに変化が訪れる──。「コット、はじまりの夏」のコルム・バレード監督に本作の見どころを聞いた。
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私は子どもを描いた作品や子どもの視点で物事を語った作品に惹かれます。子どもは世界を瑞々しく新しい感性でとらえていて、同時に人生のネガティブな側面にも鋭い感受性を持っている。そこから見えてくるものがあると感じるからです。2018年にクレア・キーガンによる原作に出合い、すぐ映画化したいと思いました。
コットの物語に惹かれた一番の理由は「共感」です。子どもが主人公の物語では往々にして周りの大人が感心するような早熟で大人びた子どもが登場することが多いですが、コットは寡黙で内向的なキャラクターです。私自身も同じように内向的な人間です。そういう人物が誇りを持てるような場所を映画で作りたいと思いました。原作に出合う1年前に自分に初めての子が生まれ、子どもが親に対していかに愛情や注目を必要としているかを実感していたこともあります。コットは大家族のなかで十分にそれを与えられていません。彼女と同じような思いをしている子に、キンセラ夫婦の家のような居場所を描きたいと思ったのです。
コットはキンセラ家で自分を一人の人間としてじっくり見てもらえる経験をしたことで少しずつ癒やされ、成長していきます。そしてコットの存在は、ある秘密を抱えた夫婦にとってもまた癒やしと成長を与えるものになります。秘密とは決してネガティブで悲しいものだけではありません。あの夏の出来事は3人にとって大きな愛をもつ「秘密」になるのです。
コットには変化が訪れますが、もちろん180度変化しておしゃべりになるわけではありません。大切なのは彼女を取り巻く人々がどう変化していくか、です。私は内向的な人間はもっと社会に「そういう人なのだな」と受け入れられるべきだと思っているんです。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年1月29日号