韓国で脱北者を支援するキム牧師に、ロ一家を助けてほしいとの連絡が入る。幼い子どもと老人を含む5人は中国の山間部で路頭に迷っていた。一家は無事に脱北できるのか──。脱北者の過酷な旅に密着し、2023年のサンダンス映画祭で開催直前までシークレットとされたドキュメンタリー「ビヨンド・ユートピア 脱北」。マドレーヌ・ギャヴィン監督に本作の見どころを聞いた。
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はじまりは20年以上前に北朝鮮から脱北したイ・ヒョンソの回顧録の映画化のオファーでした。著作に刺激され、何カ月もかけてリサーチをするうちに北朝鮮に住む普通の人々の生活を映した動画を見つけたんです。ハッとしました。北朝鮮について私たちが知っているのはミサイルやパレードばかり。そこに暮らす2600万人の姿がニュースにも現れてこないことに怒りが湧き、彼らの声を届けるべきだと決意しました。ソウルで脱北者を支援するキム牧師と出会い、本作が動き出しました。
我々は北朝鮮の外にいる人にそこに住む人々の立場になってもらえるような、生々しい真実の作品を作りたかったのです。全員の安全に気を配りながら撮影を進めましたが、最も困難だったのは中国と北朝鮮の国境にある800マイルの長い川での撮影です。おそらく世界で一番危険なエリアのひとつだと思いますが、キム牧師のネットワークの協力で折りたたみ式の携帯を袖などに隠して撮影した映像を手にすることができました。
ロ家のおばあさんを撮影しながら歴代金政権がどれだけ徹底した監視で国民を支配しているか、内部にいる人々がどれほど彼らの「神話」を信じ込ませられているかを痛感しました。彼女は我々と親密になるいっぽうで80年間「アメリカ人は悪魔だ」と植え付けられた思いと葛藤していたのです。
これまで脱北者についての映画は北朝鮮を出てからある程度時間が経ち、社会に適応してきた人たちのものでした。でも今回の人々はそうではありません。私たちはロ一家の姿に北朝鮮にいまもいる人々の姿を見ることができると思います。そこに住んでいる人のことを感じ、思う。やがてそのことがポジティブな影響を及ぼすのではないか、と期待しています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年1月15日号