「それじゃあ、救急車はおとうさんのために呼んだんじゃなくて、親族のために呼んだんだね」

第三者の説明で親族を納得させる

 畑から駆け付けたAさん夫妻に対して、医師はこう話しました。

「点滴したから今は落ち着かれて、もう少しは頑張れるかもしれない。しかし、すぐに亡くなってもおかしくない状況であるのは変わりない。ここは病院で、私は医者だから、入院ということになると、検査も治療もしなくちゃいけない」

 Aさん夫妻は「痛くないことだけやってください」と答えました。

 この、「痛くないように、苦しくないように」という言葉も、親の最期に直面したときによく聞かれる言葉です。それを聞いて医師はこう言いました。

「それなら、点滴が終わったらおうちに連れて帰ってあげなさい。おとうさんはここまでよく頑張った。このデイの職員さんも一緒に行ってもらって、職員さんから、第三者の立場として、親族に説明してもらいなさい」

 私たちがおとうさんと一緒に家に帰ると、すでに親族が集まっていました。そこで私は、おとうさんがどんなに頑張ったか、このうえは穏やかな死を迎えさせてあげてほしいことを説明しました。

「わかった、わかった、今度は本当にわかった。もう救急車は呼ばなくていい。なあ、よかろう、みんな」

 おとうさんの弟という人がこう言うと、親族のみなさんも納得してくれました。

救急車を呼ばないという選択を尊重するために

 救急車を呼ばないという重い選択は、老衰でいこうとする親が痛くないように、苦しくないように、静かな、眠るような最期にしてあげたいという家族の思いの証しです。

 とはいえ、その家族・親族、あるいは地域の習わしなどによって、親と子どもだけの決定では済まないこともあるでしょう。そのときは、私たち介護職員を大いに利用してほしいと思います。第三者が入ることで、スムーズに事が運ぶこともあるからです。

(構成/別所 文)

後編に続く。

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高口光子

高口光子

高知医療学院卒業。理学療法士として病院勤務ののち、特別養護老人ホームに介護職として勤務。2002年から医療法人財団百葉の会で法人事務局企画教育推進室室長、生活リハビリ推進室室長を務めるとともに、介護アドバイザーとして活動。介護老人保健施設・鶴舞乃城、星のしずくの立ち上げに参加。22年、理想の介護の追求と実現を考える「髙口光子の元気がでる介護研究所」を設立。介護アドバイザー、理学療法士、介護福祉士、介護支援専門員。『介護施設で死ぬということ』『認知症介護びっくり日記』『リーダーのためのケア技術論』『介護の毒(ドク)はコドク(孤独)です。』など著書多数。https://genki-kaigo.net/ (元気がでる介護研究所)

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