キッシンジャー外交に現代的な教訓があるならば、特定の理念や制度の「普遍性」を錦の御旗に力による干渉や介入も辞さない「価値観外交」の危うさを避けるには「保守の知恵」が必要ということでしょう。それは価値や制度、理念に違いがあっても「異質なものとの共存」を図る、したたかで柔軟、かつ現実主義的な外交戦略になるはずです。
今のリベラリズムあるいはネオコン的な外交と安全保障の戦略にそうしたリアリズムが生きているのでしょうか。いかにも分かりやすい価値観外交を振りかざし、大衆世論の熱狂が後押しすれば勢力均衡が崩れ、極端な外交や戦略に走ることにならざるを得ません。キッシンジャーは誰よりもそのことを知悉(ちしつ)していました。確かにメッテルニヒ的なパワーエリートだけの密室外交には危うさが付きまとっています。しかし、同時に極端な世論と大衆の熱狂に引きずられ硬直した価値観外交の危うさにも目を向けるべきです。キッシンジャー外交の功罪は、大衆民主主義の時代の世論と外交のあり方にも再考を迫るはずです。
※AERA 2023年12月18日号