政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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キッシンジャー元米国務長官が亡くなりました。旧ソ連との緊張緩和、米中国交回復やベトナム戦争のパリ和平協定など多大な外交功績が称えられる一方で、ベトナム戦争時のカンボジアでの絨毯爆撃やチリ社会主義政権の転覆への介入疑惑など毀誉褒貶つきず、今でも「戦争犯罪人」と呼ぶ人たちがいます。キッシンジャーをどう評価するのか。これは今後の世界を見ていくうえで、かなり重要な問題提起です。
キッシンジャーは、『回復された世界平和─メッテルニヒ、カースルレー、そして平和の問題1812~22年』で博士号を取得しました。この研究を通じて「大国同士の平和が保たれていれば小さな戦争はおきても大きな戦争にはならない。平和を望むなら大国間の勢力均衡こそが重要」ということを学びます。確かに弱小諸国や民族あるいは人権への配慮を欠いた言説は許しがたい面がありますが、敵か、味方か、こういう二元論的な考え方に成り立つ価値観外交は、拙劣でむしろより世界を分断と対立に追いやりかねないという考えは重要です。