100年以上前に産声をあげた印刷所をルーツに持つ同社は、常に時代の波に翻弄されてきた。活版印刷が終了し、活字拾いの職人の仕事がなくなった。1985年に日本電信電話公社が民営化してNTTになって、収益の7割を占めていた電話帳印刷の受注がゼロになり、ピンチに陥った。社員の配置を変え、新たな事業を作らなければならない。必然的に社員の再教育が必要になった。
西川栄一社長は語る。
「振り返れば、それがリスキリングだったのかもしれません。決してリスキリングを先取りしたのではなくて、新しい事業にチャレンジして生き残るために必要なことでした」
社員たちは学び、アイデアを次々と形にした。電話帳をヒントに、90年代にはインターネット端末を置いた書店を作ったり、新事業を立ち上げた後も社員は学びを止めなかった。
「世界の6、7年遅れ」
同社でリスキリングを実践するのは、エンジニア担当者だけではない。
大きなプロジェクトが始まるとき、就業時間内に、希望する社員が外部講師からAIを学ぶ。難関資格に合格したプログラマーには、毎月10万円を手当として支給している。基礎的なITスキルを上げるために、ITパスポートの全社員の合格を目指している。
外部の業者に発注すれば、社員がわざわざ専門外の技術を学ぶ必要はない。それでも社員が学ぶべきだという。
「通販サイトを作るとき、外部の業者にお願いしては、ノウハウが残りません。詳しい先生を呼んで、教えてもらいながら、社員がゼロから作るんです。時間はかかりますが、学んだ価値が残るのです」(西川社長)
経営者として頭を悩ませているのは「何を学ぶか」。今後、会社がどんな事業を展開するのかを踏まえ、社長や経営陣が考えるべき案件だと西川社長はいう。
「会社が何にチャレンジするか決まっていないのに、ぼんやりとAIの知識を覚えたとしても、学んだことを使いこなせません。次の舞台を会社が用意して、チャレンジする社員を応援します」
前出の後藤さんは「日本のリスキリングは世界の6、7年遅れです」と話す。海外では、テクノロジーの進化や自動化が進むなかで、人間の雇用が失われる「技術的失業」の解決策としてリスキリングが注目された。