ヴァルター・グロピウスが1919 年にワイマールに創設したバウハウス造形芸術学校は、1924年にデッサウに移転。以降1933年にベルリンに移るまで、現在も残るバウハウス校舎群でユニークな総合芸術の教育が繰り広げられた。画家のパウル・クレーやワシリー・カンディンスキー、工業デザインのマルセル・ブロイヤー、建築家のミース・ファン・デル・ローエといった、現在の我々もよく知り、その作品を日常に見ることができる芸術家たちが教授として、この校舎で教鞭をとり、この街を歩いていた。

ドイツはその後、ナチスが政権の座につき、第二次世界大戦へ。そして敗戦後、デッサウは東ドイツに組み込まれ、この街の輝かしい歴史は忘れ去られていたこともあった。ドイツが再統一され、1996年にバウハウスの関連遺産群が世界文化遺産に登録されたことで、再び光を当てられたこの街、デッサウ。秋の好日、バウハウス関連建築のいまの姿をお届けします(撮影は2012年秋)

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