スティーブ・アイザックス。1993年5月。ハルバースタムに会いに行く前日、コロンビア大学ジャーナリズムスクールで。私はハルバースタムに「プレゼントを持っていったほうがいいか?」そのことを聞くためだけに彼に会った。
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 ちょっと前の話だが、学生が、ある人の紹介で、私のところにやってきた。その方は取材でお世話になった方だったので、会うことにした。

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 その学生の相談が、「卒論のテーマ自体を教えてほしい」というものだったので、「テーマは君自身が考えること。考えたうえで、ここがわからないとか、こういう人を紹介してほしい、ということだったらば、対応できるが」と、いささか厳しいことを言ってしまった。

 そうすると恐縮したのだろうか、おずおずと紙袋をとりだし「つまらないものですが、おおさめください」と、何か甘いものだろうか、手土産をわたそうとした。

「これはうけとるわけにはいかないんだよ」

 そう言って、30年前に、自分が同じ立場だったときの話をした。

 1993年5月、コロンビア大学ジャーナリズムスクールにいた時のマスタープロジェクト(卒論みたいなもの)の総仕上げに、どうしても、私は、デイビッド・ハルバースタムに話を聞きたかった。で、仲良くなった副学長のスティーブ・アイザックス(元ワシントン・ポストの社会部長)に紹介してもらって、ハルバースタムのアパートで話が聞けることになった。若かった私は、アイザックスに、「時間をいただくのだから、何か、プレゼントを持っていったほうがいいだろうか?」と聞いた。

 なにしろ、ハルバースタムは、大ジャーナリストだった。その作品をあげると、ベトナム戦争という失策をなぜ当時の政権がおかしたのかを描いた『ベスト&ブライテスト』(1972年)、アメリカのメディアの興亡を描いた『メディアの権力』(1979年)、日米自動車戦争を描いた『覇者の驕り』(1986年)等々、目もくらむような仕事がつらなっている。失礼にならないように、という英語はでてこなかったが、ようするに私は怖じ気づいていた。

 すると、アイザックスは言下に、Never do that.

「どれだけインタビューのために準備をしたかどうかが、聞かれる人にとっては、最大の贈り物になる」

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