経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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大西洋の両岸で金融市場に激震が走っている。米国側でハイテク起業家たちを上得意とする二つの金融機関が破綻した。シリコンバレーバンク(SVB)とシグネチャー銀行である。そして、欧州側では167年の歴史を持つ老舗銀行、クレディ・スイスがライバル行のUBSに買収された。
これでどこまで危機が回避されたかは、全く予断を許さない。クレディ・スイスが発行した債務弁済順位の低いAT1(Additional Tier1)債の保有者たちには、一切、弁済が行われないことになった。ところが、本来、最も弁済順位が低いはずの普通株保有者に対しては、一定の保証が行われた。
これは、株主の中にサウジアラビアを始めとする中東の投資家たちが含まれているためだ。もっぱら、そう推測されている。これは、国際的に確立された債務弁済ルールに関する違反行為だ。訴訟問題が起きそうだ。他の金融機関のAT1債が、叩き売られる気配もある。
この大混迷を目の当たりにして、筆者の頭の中にもう一つの金融機関の名前が浮かんだ。クレディット・アンシュタルトである。1931年5月11日に倒産した。当時、オーストリア最大の商業銀行だった。
ここで、当時の国際金融を支配していたロンドン金融街、「ザ・シティ」が一大窮地に追い込まれた。クレディット・アンシュタルトが、ザ・シティのやり手金融機関たちによる「短期借りの長期貸し」の大口対象となっていたからだ。かくして、金融集積地としてのザ・シティの転落と、国際基軸通貨としてのポンドの地位の崩壊が始まった。
クレディ・スイスは21世紀のクレディット・アンシュタルトと化すのか。状況が全く二重写しになっているわけではない。だが、構図の軸にあるものは同じだ。それは、信用の喪失だ。人々が金融機関の健全性と誠実さを信用できなくなった時、金融市場は溶解する。
くしくも、クレディ・スイスのクレディとクレディット・アンシュタルトのクレディットは語源が同じだ。ラテン語のクレーデレである。クレーデレは「信用する」の意だ。関係者一同は、改めてこのことを肝に銘じてほしい。手遅れかもしれないが。
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2023年4月3日号