チェコを代表する作家、パトリク・オウジェドニークの名が広く知られるきっかけとなった『エウロペアナ』。副題に「二〇世紀史概説」とあるように、ヨーロッパを中心とする世界の100年を物語るこの小説は2001年に刊行されたが、日本語版が出たのは昨年の夏だった。ボリュームはたったの140ページほどしかなかった。
冒頭にはノルマンディー作戦で落命したアメリカ兵の平均身長が紹介され、死者の数だけ並べると38キロの長さになるとあった。そして、一番体格がよかったのは第1次大戦時のセネガルの射撃兵だったとつづき、各国が開発した新兵器へと話題は移っていく。
細かい数字や固有名詞はいくつも登場するが、それらの連関はあくまでも語り手任せで、全体を一貫するあらすじのようなものはない。「二〇世紀史概説」と明記しながら時系列は無視され、トピックスは重複し、2度の大戦やジェノサイドといったいかにも歴史的な言葉とバービー人形やマスタードなど身近な言葉が、滑らかな語りの中に並んでおさまっている。
誰かが決めた歴史ではなく、あるトピックから自分が思い出す過去のトピックを芋蔓式に語ったような内容と構成。その際に連想を生む源は、記憶を表象する言葉だ。ヨーロッパの中央部に位置して動乱の過去にもまれたチェコの作家が、記憶する膨大な言葉をまるで死者を横に並べるようにつなげ、人間と過去の関係性を綴ってみせたのがこの作品ではないか。そうしてまとまった20世紀史の概説、つまり「だいたいの解説」を読むと、つくづく人間は、過去に、歴史に学ばないとわかるのだ。
文学の新たなアプローチを提示した、この画期的な小説が日本語で読めてよかった。言葉が層になっているような作品だから、2人の翻訳者は苦労したに違いない。だから、この『エウロペアナ』が第1回日本翻訳大賞を受賞したと知り、私は大いに喜んだ。
※週刊朝日 2015年6月26日号