両者が深く一礼をかわして終局。長く続いた渡辺の棋王戦連覇記録は、10でストップした。

「うーん……。そうですね……」

 シリーズを振り返るコメントを求められた際、いつも明朗闊達な渡辺にしては珍しく、なかなか次の言葉が出てこなかった。

「負けてしまった将棋があんまり、チャンスがなかったので。もう少しチャンスがある将棋にしないと、やっぱりなかなか、結果はついてこないというか。まあ、そういう感じですね」

 渡辺ほどの実力者が周到な事前準備をしても、現在の藤井を止めるのは容易ではないのだ。藤井が突出した存在となるまで、現役最強の棋士は渡辺と言われていた。歴史に「もし」はないが、もし藤井さえ現れなければ、渡辺の地位はいまも揺るぎないものだった可能性は高い。なにしろ渡辺は年下を相手にして、藤井以外にタイトル戦で敗退したことがないのだから。(ライター・松本博文)

AERA 2023年4月3日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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