分断が深まり、閉塞感に覆われた現代の日本社会で、生きることを肯定する術──。「批評家・哲学者」と「経営者」という二つの顔を持つ東浩紀が、その実践について語った新刊『訂正する力』(朝日新書)を刊行した。AERA2023年10月16日号より。
* * *
「正しさ」の規範意識が強まる現代にあって、「訂正すること」に宿る価値とは何か。批評家・哲学者の東浩紀はそのことを思索し続けてきた。8月に刊行された『訂正可能性の哲学』(ゲンロン)が東の哲学的な集大成ならば、最新作となる『訂正する力』はいわばその実践編。本書のなかで訂正を嫌う日本という国の特質を解き明かし、過去の再解釈を通じて現実との関係性を結び直す方法を示した東は、日本人は「信頼」の捉え方を変える必要があると語る。
「日本の人々は信頼についてピュアに考えすぎているきらいがあります。今の日本では間違えるとすぐに信頼が傷ついたと言われてしまう。相手が間違えることを自分への裏切りだとみなすのは無謬性に基づく考え方で、日本の閉塞感の原因の一つとなっています。信頼とは相手がつねに正しいと信じることではありません。人間は完璧ではないから意見も変わる。一貫性もない。それでも付き合っていこうと思うのが信頼です。例えば、プロジェクトを進めているなかで誰かがミスを犯したとする。そのときにすべてをご破産にするんじゃなくて、失敗を踏まえて話し合って次に行こうとするときに信頼はより強固になるんだと思います」
経営は訂正の連続
間違えた誰かを「正しさ」で糾弾するのではなく、訂正を認め、一緒に漸進的に改良すること。東の提唱する「訂正する力」は、未来を切り拓く可能性に満ちた思考法だ。それは決して形而上学的な思想のための概念ではなく、困難を乗り越えて回復することを意味する「レジリエンス」が注目されている現在、ビジネスの現場で最も求められる力でもある。領域横断的な新たな知のプラットフォームを構築すべく立ち上げた株式会社ゲンロンを経営する東だからこそ「訂正する力」が持つ切実な意味に気づくことができたのだ。
「会社を経営するというのは訂正、訂正の連続です。商売を続けるためには試行錯誤し続けなければなりません。『これは売れるはずだ』『成功するためにはこれをすべきだ』なんて考えても仕方なく、むしろそうした考えは足枷になるだけです。僕は5年前にあることをきっかけに代表を降りました。でも、振り返れば、この交代は功を奏したと言えると思います。訂正することで一歩も二歩も前に進めたのですから。いま知識人は『はずだ』『べきだ』の考えに縛られすぎていると思います。商売をやっていればわかりますが、いいものが必ず売れるとも限らない。正しいことが通じるとも限らない。そんな世界に生きる僕たちはトライ・アンド・エラーで前進していくしかないわけです」