『悪逆』 黒川博行著
朝日新聞出版より10月6日発売予定
黒川博行の小説は読みとばせない。軽妙ですいすい読めるのに、台詞の一つひとつに味があり、笑いがあり、キャラクター描写の冴えがある。相変わらず語りの巧さは天下一品で、大胆で不埒なストーリー、賑々しいキャラクターの妙、リズミカルで生き生きとした会話が素晴らしく、笑いながら頁を繰っていく。退屈に思えるところなど微塵もない。さすがは「浪速の読物キング」(伊集院静)だ。
物語はまず、殺し屋が広告代理店元社長大迫を殺す場面から始まる。綿密に計画をたてて、証拠を一切残さずに、金塊のありかを吐かせて、残酷に殺す場面なのだが、徹底したプロ意識に貫かれた犯行で、警察捜査が手こずるだろうことが予測される。
大迫は「ティタン」という広告代理店を経営していて、事業のパートナーは「大阪ミリアム」という弁護士法人。消費者金融の過払い金請求代行で有名になった法人で、テレビや雑誌などで派手な宣伝をして大儲けしたはずなのに、金融会社から回収した過払い金を依頼者に返還せずに着服したか横領したかで、一昨年に破産。ティタンもそのあおりをくらって破産した形になっているが、警察の見立ては、大迫が大阪ミリアム破産の黒幕で、計画倒産。実際、敷地三百坪の豪邸に住み、輸入車二台を所有していた。
事件はそれだけでは終わらなかった。「エルコスメ」というマルチ商法企業代表の成尾が殺されたのだ。成尾は多数の被害者を生み出して、訴訟沙汰になっていた。大迫同様、成尾もまた数十億を隠し持っていた。殺し屋は殺しの手口をかえ、巧みに現金を強奪する。今回も犯人につながるような遺留品はひとつも残さなかった。
黒川博行の小説は、主人公二人の物語が多い。経済やくざの桑原と建設コンサルタントの二宮が活躍する疫病神シリーズ(『疫病神』『国境』『暗礁』『螻蛄』『破門』『喧嘩』『泥濘』)がそうだし、疫病神ものと拮抗する面白さをもつ元刑事の堀内&伊達シリーズ(『悪果』『繚乱』『果鋭』『熔果』)、大阪府警刑事部薬物対策課の桐尾武司と上坂勤が活躍する『落英』、上坂勤が泉尾署刑事課捜査二係に異動して新垣遼太郎と捜査する『桃源』などもそうで、二人の行動を中心に物語っていく。