今回も刑事二人が主人公。大阪府警捜査一課の舘野と箕面北署のベテラン刑事・玉川だ。若いエリート刑事と所轄のベテラン部屋長がコンビを組み、たーやん、玉さんと呼び合って、一歩一歩殺し屋(別に仕事をもっている)へと迫っていくのだが、他と異なるのは、殺し屋の視点を随時入れて、犯行を詳細に物語り警察を翻弄する点だろう。
この緻密な犯罪遂行と綿密な警察捜査が交互に捉えられるカットバックが実に秀逸。殺し屋と警察の動きが逐一描かれてあり、警察の動きが犯人に追いつかないのではないかと思えるほど犯人側のほうが警察のはるか先をいく。未解決に終わるのではないかと玉川が考えるほど殺し屋は尻尾をつかませないのだ。それでも徐々に捜査が進展し、少しずつ犯人に近づいて、監視体制を整えるあたりから物語は大いに盛り上がることになる。
同時に、殺し屋の存在も大きくなってくる。なにゆえの犯行なのかを一切明かさず、緻密な計画と無慈悲な犯行の過程をクールに描くから、次第に魅せられていく。終盤近くになって殺し屋の肖像が具体的にあかされるものの、善良な人間たちを食い物にする男たちを次々に成敗するイメージもあり、次第に肩入れしてしまう。ピカレスクの魅力が増していくのだが、しかし同時に、舘野と玉川コンビの地道な捜査活動も報われてほしくなり、犯人へと辿り着きそうになると、もう少しだ! と応援したくもなるから不思議だ。とにかくこの殺し屋の行動に追いつこうとする刑事たちの丹念で具体的な捜査が読ませるし、警察の動きを察知して、新たな殺しを実行して、逃走をはかろうとする殺し屋の驚くべき行動力も颯爽としていて恰好がいい。
帯に「ラスト5ページまで結末が読めない」とあるのは、まさに物語がどちらに有利に展開するのかわからないからである。警察小説としてカタルシスを生むのか、それともピカレスクの魅力を強く出してしまうのか。どちらでも納得がいくし、正直どちらも読みたいと思った。戦後日本文学の傑作に福永武彦の『死の島』があるが、この小説には結末が三つあり、それを読者が選択する形になっている。エンターテインメントでは難しいかもしれないけれど、そういう複数の結末を想像するほどスリリングなのである。実際、雑誌連載時とは異なる結末というから、文庫収録時には、幻の結末を付録にして読ませてくれないだろうか。と、そんな先々のことまで期待して昂奮を覚えるほど、『悪逆』は面白い。文句なしに面白い。絶対のお薦めだ。