原理は糸電話……(※イメージ写真)
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 子どものころに一度くらいは糸電話で遊んだことがあるだろう。2つの紙コップを一本の糸でつなぐ。糸がピンと張られた状態で紙コップにむかって話し掛けると、離れたもう一方の紙コップに声が聞こえる。音声(振動)を紙コップの底で受け、糸にその振動を伝えて、もう一方の紙コップの底を振るわせて、元の音声に戻すという原理だ。つまり「音声→糸の振動→音声」という極めて原始的な信号変換を行っているのである。

 そもそも電話回線は「音声→電気信号→音声」という信号変換を使って通信している。電話回線を使った通信は、電話ならば音声を、FAXならば画像情報、パソコンならばデジタル情報をそれぞれ「電気信号」に切りかえているのだ。例えば、FAXが発する「ぴーひょろろろろろ」という音は「こっちはFAXですよ」、モデムの「ぴーがー」は「こっちはモデムですよ」という信号の送受信を促す合図なのだ。

 アナログモデム(ダイヤルアップ接続に使う通信装置)でインターネット接続していた時代、モデムは通信するデジタル情報をアナログ情報に変換していた。モデムが登場する1980年代の半ばになる前はどうだったのかというと、「音でデータを送る機械」を利用していたのだ。1980年代から、一部マニアや大企業で普及しつつあった、パソコン通信の世界で活躍したのが、「音響カプラ」である。

 音響カプラの使い方はこうだ。まずパソコンと音響カプラを接続し、音響カプラと受話器を縛りつける。文字どおり、物理的に縛りつける(置くだけという機種もあった)。そして。電話機のダイヤルを回して、通信先に接続したら、通信が開始される。音響カプラが、なんとデジタル信号をアナログ信号、つまり音声信号に変換して受話器に伝えていたのだ。

 ハイテクなのか、アナログなのか、よく分からなくなってくるが、それでも外出先から情報を送る必要のあるビジネスマンにとって、重要なアイテムだったのだ。モデムの登場後も、すぐには使えない環境が続いた。出張先のホテルには、モデムをつなぐ「モジュラージャック」が完備されていなかったのだ。そこで音響カプラが活躍した。中には音響カプラを使って公衆電話からデータ送信していた強者もいたのだ。

 しかし、音響カプラはあっと言う間にモデムに取って代わられた。モジュラージャックの普及で、たいていの場所ではモデムを電話回線に接続できるようになったことが大きい。今では、そのモデムさえ姿を消し、ブロードバンド回線が主流となっている。

 今の子どもは、糸電話ではなくオモチャの携帯電話で遊ぶ時代だ。「ハイテク糸電話」というべき「音響カプラ」も、すっかり過去の遺物になってしまった……。

(ライター・里田実彦)

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