元宝塚歌劇団花組トップスターとして、すべての時間と自分自身とを舞台にかけてきた。そのストイックさで知られる明日海のターニングポイントと、芸能生活20周年を迎えたいま、退団とコロナ禍を経て、気づいた思いとは。AERA2023年9月25日号より。
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SFのなかの話だとばかり思っていた「パンデミック」なるものの襲来で、否応なしに進んでいった働き方改革。世界中の働く人全員が、一度は、自分の仕事についてあれこれ考えさせられたと思う。
「100周年以降の宝塚を代表するスーパースター」「トップ・オブ・トップ」──そんな絶賛の声を一身に浴びて宝塚で活躍してきた女優の明日海りおさんも、やっぱりそんなひとりだった。
宝塚を退団したのは2019年末。東京に引っ越して、さあ新しい人生を始めようという、まさにそのときコロナ禍が始まった。予定していたことが、次々延期になった。
「時間はあるのに、何も動けない時ってあるんだって、コロナのときに初めて知ったんです。宝塚時代は公演のスケジュールが年に何本も入っていて、1日2回公演も多かった。公演やリハーサル以外の時間も取材などが入っていて、自分が自由に使っていい時間を探すのが大変でした」
空き時間が見つかったときも、ほとんどすべてを舞台の準備のために使っていた。あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ。たまった予定をこなすのに精一杯だったという。
「今思うと、自分になかなか自信が持てなかったというのもあるかもしれません。自分自身をプロデュースする力みたいなものも私にはとても必要だなって、ずっと思っていたんです。舞台が少しでもよくなるのなら、やれることは何でもやろうと、とにかくがんばっていました。筋トレに始まって、ダンスや歌のレッスン、それからその役らしく見えるメイクの研究とか。稽古着まで舞台衣裳に近いものを、わざわざ街で一日中探しまわったりしていたんです」
そんな自分のすべてを舞台に捧げてきた宝塚への入団から今年で20年。すべての始まりになったのは、中学3年の夏休み、友人から借りた宝塚の映像だった。
反対された中3の決断
「ものすごい衝撃を受けたんですよね。出てくる人、出てくる人、みんなカッコいいですし、電飾がふんだんに使われた舞台セットに、衣裳もキラキラ光っている。曲も次々変わっていって息つく暇もなくストーリーが進んでいくんです。その頃、私がやっていたのは、一幕二幕とゆったり物語が流れていくクラシックバレエ。まったく違う世界が広がっていて、ただただ驚きました。すぐに自分も宝塚に入りたい!と思うようになったんです」