妻子を失った松永拓也さんのXのアカウントに返信する形で送られた、松永さんを中傷する投稿。「お荷モツの子どもも居なくなった」などとあった(撮影/倉田貴志)

誹謗中傷の多くは正義感からの攻撃

 なぜ、ネット社会で誹謗中傷が起きるのか。

 総務省の「違法・有害情報相談センター」には22年度、ネット上の誹謗中傷等被害の相談件数は5745件あり、10年前の約2.5倍。ここ数年、高止まりが続く。

 ネットメディア論が専門の国際大学GLOCOMの山口真一准教授は、次のように指摘する。

「ネット上で誹謗中傷をする多くの人は、正義感から攻撃を仕掛けています。しかもその正義は、社会的正義ではなくその人個人の正義です。1億人がいたら1億通りの価値観がありますが、とりわけ攻撃的な感情を持った一部の人が、ネットに書き込む行為に至り、他人を傷つけています」

 山口准教授の調査では、ネットで「炎上」に参加している人の60~70%が、理由を「許せなかった」などと回答した。そのため、自分が書いているのは誹謗中傷だと気づかない。「批判」であり、こいつは悪いことをしているから書かれて当然、と考えているという。

「面と向かっても誹謗中傷する人はいますが、ネットはそれを加速させる側面があります。『非対面コミュニケーション』と言い、顔が見えない相手とのコミュニケーションでは、相手が人間だという意識が薄れ、攻撃的になりやすいことが分かっています」(山口准教授)

AERA 2023年9月18日号より

 ネット上の誹謗中傷に詳しい、慶應義塾大学大学院KMD研究所所員の花田経子(きょうこ)さんは、最近の誹謗中傷の事案を見ているとこう感じると言う。

「自分の気持ちを表明しているだけのように思います。つまり、相手を非難しているという自覚も、それを第三者が見てどう思うかという視点も抜け落ちています。近所の友だちと話をしている感覚で、本人に向けて書いていないと思います」

 例えば、子育てに協力的でない夫に不満を持っている主婦が、ryuchellさんのSNSに「育児を放棄している」などと書き込むことはあり得ると、花田さんは考える。

「しかも、本人に届くと思わず投稿する。そんな人が大半だと思います」

 誹謗中傷は「嫌なら見なければいい」と言われる。だが、小さな石でも、何千何万と投げられれば大きなダメージとなる。(編集部・野村昌二)

AERA 2023年9月18日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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