生殖細胞の遺伝子を改変すれば、編集された細胞とされていない細胞の両方を持つ新生児が誕生し、望ましくない突然変異などのリスクが伴う。さらに、世代を超えて受け継がれ、遺伝子プール全体に影響を与え、予想もしない影響を招く可能性もある。治療目的のみならず、親が望む容姿や能力を持つ「デザイナーベビー」の誕生につながる恐れもある。
世界初のゲノム編集ベビー誕生は、人類が自らの遺伝子を初めて操作してしまったことを意味する。
肉体的に操作され、個性や外観を変えられた「デザイナーベビー」を誕生させるための遺伝子編集は止めるべきであるという考え方は、概ねの合意事項である。
一方で、疾病の予防や治療に目的を限った子どもの遺伝子編集の合法化に賛成する声や、遺伝子編集自体に対して支持する人も多い。前出の賀建奎も、疾病の遺伝子を矯正することによって、人類は環境の急速な変化の中でもより良い生活が送れると考え、現代の生命倫理分野を牽引するオックスフォード大学のジュリアン・サバレスキュ教授も、全ての人間が遺伝的に適切な人生のスタートを切り、技術を活かして自分の人生を設計していく力を持つべきであることを主張している。つまり、生まれ持っての才能の有利不利をなくし、運任せにせずに自分自身を変えることを肯定している。
人類史上初めて手にした〝人間による人間の遺伝子編集技術〞により、恵まれた遺伝子だけを選別して持つことや、思い通りの子どもを作ることが可能になった。
ガイドラインや法制度があろうとも、デザイナーベビーを肯定する思想や目的、そして技術力が存在する以上、その拘束力はどれくらい有効であり続けられるのだろうか。病気を克服したいという医療的視点もあれば、特定の組織や国に大きな利益をもたらそうと色気を持つ者もいる。それらが入り乱れ、様々な思惑がこの技術の使い途を探る。
科学の可能性と一体化する野心は、倫理観、国際的なガイドラインや法制度よりも自利を優先させる原動力となる。この原動力は、国際的な協調や倫理を乱し、それがいきすぎた先に起こる悲劇を、人類は何度となく繰り返してきた。
現代人は過去の悲劇の反省のもと、過ちを繰り返さないよう慎重な議論を重ねている。しかし、技術の進化の流れは著しく速いため、議論を重ねているうちに状況はあっという間に変化し、次のフェイズへと進んでいく。議論は常にそれを追いかけることになり、世界を守り切るための結論を出す猶予は与えられない。誰かしらの私利私欲は、常にその隙を狙っている。
生殖、生命の根源を操作する技術を手にした人類は、〝神の領域〞を侵食し始めた。最初は恐る恐るでも、次第に大胆になっていくだろう。その先に、人類にはどのような運命が待ち受けているのだろうか。
《『人類滅亡2つのシナリオ AIと遺伝子操作が悪用された未来』(朝日新書)では、制度設計の不備が招く「想定しうる最悪な末路」と、その回避策を詳述している》