シングルマザーとして息子を育て、30代後半からは約20年にわたって母、父の順に介護、孫が生まれてからは共働きの息子夫婦のために、保育園の送り迎えなど孫の世話を担ってきました。

作家の久田恵さん。栃木県那須町にある「サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)」の前で(撮影/写真映像部・東川哲也)

「ずっと誰かの世話をして生きてきたから、自分のことだけを考えて生きる生活をしたかったんです。出かけたいときに出かけて、寝たいときに寝て、読みたい本があれば徹夜で読んで。ちょうど孫たちが小学生になって手がかからなくなってきたのも、いいタイミングでした」

早めに入居したからこそ新しい生活に馴染めた

 地方に移住といっても隠居したわけではなく、現在も執筆活動を続け、月に1回程度は仕事のために東京に出向きます。2020年にはホーム近くの2千平方㍍ある原っぱを年間1万円で借り、「原っぱプロジェクト」を立ち上げました。そこではガーデンハウスを作ったり、舞台を設置して野外人形劇を開催したり、入居者だけではなく、地域住民たちも巻き込んで精力的に活動しています。

「東京で暮らしていたときと違って入居者も地域住民も高齢者ばかりなので、自分が高齢者だという意識がなくなるんです。原っぱプロジェクトを立ち上げたときには、原っぱを整備するために枯れ草を燃やしたんですけど、火を見ると興奮するのか、みんな子どもみたいに走り出して。若い人がいると『年寄りがはしゃいだらはしたない』と自制してしまうけれど、その必要がないんです。ボーヴォワール(フランスの哲学者)の『人は女に生まれるのではない、女になるのだ』という有名な言葉のように、人は高齢者としての役割を求められることで高齢者になるということを実感しています。ここにいると、みんな元気になりますよ」

 久田さんは今年の10月には76歳に。最近は、もの忘れが多くなったことを感じるそうです。

「このタイミングで入居していたら、敷地内の施設の場所など、なかなか覚えられないと思うんです。でも移住して6年目になるので、体が覚えていて、何も考えなくても自分の家や食堂にたどり着けます。入居してすぐはしょっちゅうスマホや鍵をどこに置いたかわからなくなって探していたのですが、置き場所を決めてからは、失くさなくなりました。早めに入居して、新しい生活に馴染むというのが、大事だなと思います」

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自分が来たくて来たのだから、と納得できる