日本にはさまざまな社会課題がそこかしこに横たわっています。そのうえ自分自身の生活に対する不安や心配事もあり、「社会課題に取り組もう!」と言われてもなかなか行動に移せないのが多くの人の現状です。しかしこのままでいいのでしょうか――。
博報堂ケトル・嶋浩一郎さんは書籍『答えのない時代の教科書 社会課題とクリエイティビティ』のプロローグで、以下のように語ります。
「いままで続けてきた習慣を、もっと合理的なやり方があるとわかったとしても、そう簡単に変えられない。それが人間。そして、その人間によって未来が、つまり歴史がつくられる。新しい当たり前が生まれるためには人間に働きかける以外ないのだ」(同書より)
そして、そのためには「クリエイティビティ」が必要であり、「世の中こう見たらどうだろう? という問題提起を思いも寄らない方向から投げかけて人を動かす。それがクリエイターのやるべきことだと思っている」と記します。
同書は博報堂 ソーシャル・クリエイティブ・プロジェクトにより著された一冊。日々の生活のなかで、博報堂チームは何を課題ととらえ、具体的にどんなアクションを起こしたのか、担当者へのインタビューを交えながら11の事例を紹介・解説しています。
たとえば、話題になった「注文をまちがえる料理店」をご存じでしょうか。ホールスタッフ全員が認知症を抱えているため、注文したものとは違うものが提供されることがある、というレストランです。アイディアの発起人はプロデューサー・小国士朗さんです。
当時NHKでディレクターを務めていた小国さんは、ドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』をつくるために認知症介護のプロフェッショナル・和田行男さんに密着取材をしていました。そのなかで、昼食にハンバーグが提供されるはずが、餃子が出てきたのだそうです。小国さんはそれを指摘しようかと思いましたが、その場にいる全員がその状況を受け入れ、おいしそうに餃子を食べているところを見て、「自分が恥ずかしくなった」と当時の心境を振り返ります。
小国さんはその経験から、以下のような思いを抱くようになりました。
「当時のぼくのように、世の中には『認知症』という言葉は知っているけれど、実際に認知症がどういうものかわからない人のほうが圧倒的に多いと思うんです(中略)ぼくはたまたま取材者として介護施設の現場を見ることができましたが、その風景を街中で見ることができたら、かつてのぼくのように、素人、にわか、知ったかぶりの人たちが同じようにその光景を面白いと思える、そして認知症について思わず知りたくなってしまう――そんなものをつくれるんじゃないかと思ったんです」(同書より)
その後、心打たれるような紆余曲折(ぜひ同書で確認していただきたい)を経て、「注文をまちがえる料理店」は無事オープンしました。「間違いを許し合えない不寛容による生きづらさ」を社会課題ととらえ、発起人の小国さんの原風景を再現することを目標に進められたこのプロジェクトは、まさにクリエイティブな視点から人々を動かした素晴らしい事例ではないでしょうか。
ほかにも同書では、「『答えのない問題』について話す『コミュニケーションツール』がない」ことを課題にして生まれた絵本『答えのない道徳の問題 どう解く?』や「障がいがある人々が着る洋服の選択肢の少なさ」を課題に立ち上げたお直し依頼サービス「キヤスク」、「生理のタブー視とコミュニケーションの閉鎖性」を課題にした生理バラエティ番組『生理 CAMP』(テレビ東京)など、画期的なアイディアかつ身近な社会課題に直結したケースを解説しています。
同書を読むと、これまで遠くに感じていた社会課題を「自分ごと」としてとらえることができるはずです。そして、「注文をまちがえる料理店」に行ってみようかな、絵本『答えのない道徳の問題 どう解く?』を書店で探してみようかな、など次のアクションにつながります。そうして"新しい当たり前"が生まれていくのかもしれません。
[文・春夏冬つかさ]