山口の右腕として準備段階からデジタル有料版のプロジェクトにかかわってきたのが、この7月から山口のあとをついで統合編集部の編集長になった浅島亮子(ふさこ)だ。ダイヤモンド社の入社は2000年。新卒の生え抜きで、ずっと週刊ダイヤモンド編集部で記者・デスクをしてきた。

「右肩さがりしか知らなかった私が初めて経験している右肩あがりの世界」と浅島は、デジタル有料版ローンチ以降のことを表現する。

 就職氷河期になんとかダイヤモンド社に就職するが、入社一年目には経営難から全社的な賃金カットがあり、以来、すべてのものを斜に構えて見るようになったという。そして浅島が記者として担当した会社は、なぜか経営危機に陥いるのだった。日商岩井、雪印、三洋電機…。これらの会社が崩れていく様を取材することになった。その業界で伝統のあるレガシー企業が自ら変化することができず、消えていく様を見てきたこともあって、デジタル有料化を社の政策とすることができず、NewsPicksに、編集部の中核メンバー三人を奪われたときには、「うちが『変われないオールドメディア』の烙印を押されたも同然」と愕然とした。浅島は、企業産業ものをじっくりと取材できる記者の数が業界全体で減っていたことにも心を痛めていた。経済ジャーナリズムを雑誌社でやることはもう無理なのか。

次のページ