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 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」について。

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「自分は赤信号に引っかかりがちだ」という人、少なくないと思います。しかしあれは赤信号の記憶ばかりが刻まれ、青信号ですんなり行けた時のことはほとんど憶えていないからだそうです。私も自分のことを「信号運の悪い人間」、さらには「タクシー運のない人間(道を知らないドライバーに当たりがち)」だと思っています。要するに成功体験を蓄積できないネガティブ思考だということです。

 もっと言うと、私には「好調な人の足を引っ張る疫病神」という自覚があります。昔から私が気合を入れてテレビを観ていると、巨人が負け、千代の富士や貴乃花が負け、伊藤みどりが転倒し、珍しくサッカーを観た日には「ドーハの悲劇」が起こりました。

 目下、悩ましいのは、愛する大谷翔平さんを直視できないことです。記録のかかった大リーグの試合なども、腰を据えて観る時に限って打てない、もしくは打たれる。なのでテレビを点けても音を消し、「ながら観」をするようにしています。大谷翔平のホームランや奪三振は、私が目を離した隙に生まれる。本当です。私はテレビの生中継で、彼のホームランを観た記憶がありません。

 連日大きな盛り上がりを見せているWBCですが、せっかく国内でプレーをしている大谷選手の姿を、テレビにかぶりついて観られないのは歯痒いものです。しかし私が「ながら観」をしているお陰で、現在のところ日本代表チームは順調に勝ち続けています。

 先日の「日本対韓国戦」も、私は大阪のナジャ・グランディーバさんがやっているラジオの生放送を聴きながら、テレビの試合中継をチラチラ観ていました。すると番組中にナジャさんが「ダルビッシュさん、絶対に今日は勝てます。ダルビッシュ頑張れ!」と叫んだのです。まさにその直後、ダルビッシュ投手は3点を取られ降板しました。もはや女装は、スポーツを観戦したり応援したりしてはいけない気がします。

 私もナジャさんも大谷翔平さんが大好きで仕方のない日々をずっと送っており、毎晩のように「大谷ベスト・ショット・オブ・ザ・デー」の画像を送り合ってから寝るのが私たちのルーティンです。

 例えば、好きなアイドルと握手したら1週間手を洗わないとか、憧れの人から貰ったハンカチを洗わずに保管しておく的なファン心理が、昔から理解できませんでした。なおかつ大谷を現地で応援するのに「大谷のユニフォーム」を着ていく心理もよく分かりません。私にとってのアイドルとは、「明日になったら見られない今、今日、今夜の姿」を目に焼き付けさせてくれさえすればそれでよい存在でした。それがこの間、生まれて初めての感情に遭遇してしまったのです。「大谷翔平が着ているTシャツになりたい」。

 よもや自分がこんな境地に辿り着く日が来るなんて。試合は二度と観ない。貴方のお邪魔はしないから、あの上半身を包み擦れるTシャツになりたい。ちなみにヌートバー選手の「ペッパーミル」の手つきは、どう見ても卑猥です。子供たちがこぞってやるようなジェスチャーじゃないと思いながら見ています。

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

週刊朝日  2023年3月31日号