いきなり和食は福井にありと言われても、越前ガニぐらいしか思い浮かばない。福井の銘菓で羽二重というのはあるけど、カニと餅だけで「福井にあり」とは言わないだろう。それほど福井はすごいのか。向笠千恵子は、ごくふつうの生活の中にある地味な食べ物を取り出して紹介する文章の美味しさにかけては名人級の人なので、楽しみにして本を開く。
 ああ、そういえば鯖街道というのもあったな。海があり山があるという土地なので、いろいろな産物がある。驚いたのが、コシヒカリは福井の農業試験場で生まれたって話だ。え! 新潟じゃないの! そして大豆が豊富に取れるということ。つまりコメとミソとショウユ。和の基本。
 私は和食を貴重だと別に思っていないので「炊きたての白メシ、サイコー! ミソ汁グー!」とか言わない。でもご飯と味噌汁でも異様に美味しそうに感じられる献立というのがあり、この本で次々紹介されていく、福井の赤かぶ、福井のたけのこ、福井の昆布、福井の油揚げ……そんな質素なものの描写がうまそうで、「こんな献立なんてふだん食う気もしないのに、なぜだ!」と叫びたくなる。それはやっぱり、美味しいものを愛する向笠さんの気持ちが文章に溢れだしているからだろう。
 ということは、他の土地の食べ物について向笠さんが本を書いたとしても、同じように美味しそうになりそうで、福井である意味がなくなるかもしれないのだが、……それは、向笠さんに選ばれた福井、というところに意味があると考えよう。福井には伝統の包丁もあるし、和食の基本である土地というのは間違ってない。
 この中に出てきたものでは、越前うにというのがいちばん食べたくなった。越前のバフンウニに塩をして浜風に当てて熟成させる。超高級で爪楊枝の先でちびちび食べるらしい。私は丼にのっけて食べたいなあ。……そういうことを言うから和食の伝統がどんどん崩れるのか(と反省する)。

週刊朝日 2015年4月17日号