3月26日、「2015年本屋大賞」にもノミネートされている上橋菜穂子さんの『鹿の王 (上)生き残った者 (下)還って行く者』(KADOKAWA刊)が日本医療小説大賞に輝きました。



 今年で4回目を迎える同賞は、医療への興味を喚起する小説を顕彰することを目的に創設されたもので、第1回は、帚木蓬生さんの『蝿の帝国――軍医たちの黙示録』、第3回は、久坂部羊さんの『悪医』が受賞しています(第2回は該当作なし)。



 同作は、『精霊の守り人』をはじめとする「守り人シリーズ」で知られる上橋さんの3年ぶりの長編。舞台は架空の異世界。物語の主人公・ヴァンは、今は奴隷の身の上ですが、実は、強大な帝国・東乎瑠(ツオル)に、最後まで抗った戦士団<独角(どっかく)>の頭だったという過去を持つ人物です。あるとき、突然発生した原因不明の感染症で多くの人が犠牲になる中、もう1人の生存者だった女児・ユナと共に、ヴァンは囚われている岩塩鉱を脱出します。旅の途中で出会う医術師ホッサルは、感染症に苦しむヴァンの治療に当たり、病因解明に乗り出すのですが...。



 同作の「あとがき――人の身体の内と外」によれば、執筆の契機となったのは、上橋さん自身の更年期。身体の不調に振り回されるなか、手に取ったのが『破壊する創造者』(早川書房刊)という、生物進化論についての本でした。読み終えたときに、ウイルスに変質させられるヴァンのイメージが浮かんだそうです。



 ヴァンとユナの絆を縦軸とするなら、物語を織りなす横軸は、もう1人の主人公である医術師ホッサルの立場から描かれる、西洋医と東洋医(漢方医)の対立です。異世界ファンタジーにも関わらず、原因不明の感染症をめぐる治療方針の違いだけでなく、背景になる医学観の違いまでリアルに描かれています。



 それもそのはず、医学に関する部分でもリアリティを追求した上橋さんは、同作の執筆にあたり、医師をしている従兄に医療監修を依頼したそうです。上橋さんは執筆当時を振り返り、「感染症の知識も豊富であるこの従兄の助言がなかったら、この物語は決して完成しませんでした。」(同書のあとがきより)と述べています。



 選考会では「ファンタジーと医療が見事に融合して、壮大な物語世界が作り上げられている」と評価された同作。さながら"医療サスペンス"のような側面もあり、ファンタジーは苦手だと感じる方も、ぐいぐい引き込まれる作品となっています。



■本屋大賞公式サイト

http://www.hontai.or.jp/