姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 ロシアの無謀な侵攻から始まった戦争は、米国から供与された通常戦力では最大限の破壊力をもったクラスター爆弾の投入もはじまり、身の毛がよだつような阿鼻叫喚の戦場になっていると思われます。「悪の帝国」ロシアには、クラスター爆弾だろうが、いや核兵器すらもOKだとすれば、それこそヒロシマ、ナガサキも「悪の軍国主義国」日本を懲らしめるためだったのだから、仕方がなかったということにならないでしょうか。

 核廃絶を望み、平和を渇望する被爆者の方々や団体は臍(ほぞ)をかむような思いで事態を見守っているに違いありません。当然のことながら、「戦争犯罪者」の屁理屈であっても、ロシアもクラスター爆弾にはクラスター爆弾で応じるはずです。たとえ終戦になっても、半世紀以上にわたってクラスター爆弾の不発弾で多くの民間人の犠牲者が苦しむことになることは、カンボジアの例が如実に示しています。

 さらにロシアによる穀物輸出合意からの離脱は、飢餓に喘ぐアフリカや中東の最貧国の人々の生存そのものを危機に陥れることになるはずです。そんな批判はロシアに言えという反論があるでしょうが、それでは事態の悪化は防げません。ウクライナの反転攻勢が一定の功を奏すまで、もっと最新の武器を供与すべきだという主張もあるかもしれませんが、米紙のウォールストリート・ジャーナルですら、武器と訓練不足でロシアとの戦争は膠着状態に陥りつつあると指摘しています(7月23日)。

「現代の諸条件のなかでは、目的の限定された戦争は、責任の限定された戦争と同様、ほとんどありえないものとなった」という英国の歴史家、E・H・カーの鋭い分析『危機の二十年』は今でも的を射ています。ウクライナでの戦争は、第一次、第二次の戦争がそうであったように、どの大国も制御不可能な「怪物」に成長しつつあるのです。手が付けられなくなる前に少なくとも朝鮮戦争型の「戦争の凍結」による停戦の可能性を探るべきです。それすら実現できないとすれば、三度、「世界大戦」の業火に焼かれることすら覚悟しなければならないかもしれません。何という愚かな歴史でしょうか、人間の歴史は!

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2023年8月7日号