楽屋に着くと「いやー、えらい人だね」「ほんとほんと、早くしないと帰りの電車が大変だよ」とか言いながら、とっとと着替えて高座に上がる。「せっかくの花火の日なのに、なんで皆さん落語なんか聞いてんですか?」。ヘラヘラとお客に冗談めかして問いかけると「あー、ホントだな……なんでだろう?」とみな我に返った顔。余計なこと言っちゃったな……と思いつつ、噺に入った途端に「ドーーーーンっ!!!」。隅田川の花火の爆音は演芸ホールの薄い壁などものともしない。さすが江戸時代からの両国の川開きを由来とするだけある。お客が一斉に上を向く。「……天井があるので見えませんよ(笑)、こっち見てくださいね」「ドーーーーンっ!!!」「こっちですよ! 喋ってるのは!」「ドーーーーンっ!!!」「あのね……」「ドーーーーンっ!!!」……もうどうでもいいや……時よ、過ぎろ。
私が前座の頃は、毎年7月21〜30日まで故 橘家圓蔵師匠が浅草演芸ホールの夜のトリだった。初日から「花火だな! また今年も花火だな! 大変だぞ! ケケケ!(笑)」と嬉しそうにしていたっけ。花火がよっぽどお好きなのかと思っていたら、毎年何かしらの理由をつけて花火大会当日は休んでいた。ズルいなー。偉くなるとそのへんは周りもなにも言わなくなるのね。でも翌日は吉野家の牛丼か、デリカぱくぱくと言う激安店の250円の弁当を我々前座に振舞ってくれたっけ。
ま、この日は仕方ない。帰りの銀座線なんて乗れたもんじゃないので、JR上野駅までキャリーを引きながら汗をかきかきダラダラ歩く。誰に文句を言ってもしょうがない。昔からやってるんだから。「ドーーーーンっ!!!」と鳴って振り返るとやっぱり綺麗なものだ。「たまやー」のかわりに「ゔぁーっ!(暑い)」なんてうめき声を吐く。
今年は4年ぶりか。考えただけでもクラクラしてくる。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!