「恋愛小説を書いてほしい」と編集者から打診があった際、「自分にはもう、一対一の恋は書けない」と思っていた。けれど、4人の男女全員がお互いのことが好き、という発想を思いつき、過去を思い出す形式なら書けるかもしれない、と考えるようになった。

 現在を起点とした三人称による地の文はパソコンで書き、4人それぞれが回想し、一人称で語り始める場面はスマホで書くことをコンセプトとした。過去の作品は、そのほとんどをスマホで書いていたため、新たなチャレンジだった。

「パソコンでレイアウトを決めて書くときと比べ、スマホで書いた文章は、より身体と直結している感じがあります。横書きで、パーッと思いつくまま書いていくので、素材そのもの、という感覚です」

 自身の文章については、「綺麗に建築されているものでは決してない」と表現する。デビュー以来、心がけてきたのは、内側からあふれ出る言葉をそのまま読者に手渡すということ。あえて何かが足りない、不完全とも言える状態で手渡し、読者のオリジナルとして完成させてもらいたい、という思いがそこにはある。記者が<恋をすると身体が変わる>という一文に反応し、経験を肉づけしたくなったのは、きっとそのためだ。

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2023年7月31日号