町屋良平(まちや・りょうへい)/1983年、東京都生まれ。『青が破れる』(2016年)で作家デビュー。『しき』(18年)が芥川賞候補となり、『1R1分34秒』(19年)で芥川賞を受賞。近著に『ほんのこども』など(撮影/写真映像部・上田泰世)
町屋良平(まちや・りょうへい)/1983年、東京都生まれ。『青が破れる』(2016年)で作家デビュー。『しき』(18年)が芥川賞候補となり、『1R1分34秒』(19年)で芥川賞を受賞。近著に『ほんのこども』など(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

 歪んだ力関係の恋愛から逃れられない「京」、毒親から離れられない「青澄」、貧しい大家族のなかで育った「土」、社会と距離を置いて生きる「しき」。京からの一通のメッセージを機に、現在と過去を行き来しながら、それぞれの人生が動き始める。性格も性別も異なる4人の制御不能な恋を描いた小説『恋の幽霊』。著者の町屋良平さんに同書にかける思いを聞いた。

*  *  *

<恋をすると身体が変わる>

 町屋良平さん(39)の新作『恋の幽霊』に綴られている一文だ。制御不能な恋に落ちたことのある誰もが身に覚えがあるであろう、この感覚。町屋さんは言う。

「恋をしている時というのは、あまり居心地がよくないものですよね。スポーツ選手が本番に集中するのと同じように、特別な五感を使って生きていかなければいけないから、精神的にも肉体的にも疲れてしまう。自分ならざる身体になることで、互いを惹きつけ合うわけだから、すごくつらい」

 恋をしているときよりも愛され守られているときの方が、楽に生きられる。それでも、町屋さんは「愛が好きではない」と言う。「愛」は不自由なものであり、どこか檻のように感じる、と。『恋の幽霊』は町屋さんにとって正真正銘の“恋の小説”だ。

 京、青澄、土、しき。高校時代に出会い、未知の感情を共有した4人だが、ある出来事をきっかけに疎遠になる。30代となり、コロナ禍を迎えた現代、それぞれが目の前にある人生を見つめ、“あの頃”の記憶のなかに深く潜り込んでいく。

「恋は、記憶を蘇らせる装置になる。たとえ相手が変わったとしても、『恋』という状態になった時にしか思い出せないことがある。そして、思い出すことは言語化することでもある。そこに恋愛小説の可能性が残されているのかな、と思い書き始めました」

 恋をしている時の心の状態を噛み砕き、相手や二人でいる時間について考えを巡らせ、分析する。それは、ある種“批評”とも言えるのではないか、と町屋さんは考える。

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