ソロ2種目で連覇を果たした乾友紀子(中央)
ソロ2種目で連覇を果たした乾友紀子(中央)

「緊張感に加えて、やっぱり恐怖心というか、怖いっていう気持ちも……今まではドキドキする気持ちだけなのですが、今回は本当に分からない恐ろしさがあるので、全然違いました」

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 世界水泳選手権福岡大会・アーティスティックスイミング(以下AS)のソロ種目、テクニカルルーティン(以下TR)・フリールーティン(以下FR)の両方で連覇を果たした乾友紀子は、恐怖を抱いて試合に臨んだことを明かしている。

 ASにおいては、この福岡大会が新ルールの下で初めて行われる世界選手権となる。今までの格付けが崩れ、未知の採点基準に翻弄される選手の中で、乾はただ1人揺らぐことのない強さを保った。

 新ルールで勝敗を大きく左右する要因となっているのが、DD(Degree of Difficulty、難度点)だ。演技構成を記載して試合前に提出するコーチカードにはある程度高いDDを記載しないと、本番で勝負できない。しかし試合で申告通りに実施されなかったと判定された場合、最小の難度を意味するベースマークがつき、決定的なダメージとなる。

 乾は、新ルール施行後に出場した国際試合4大会(ワールドカップ3試合、世界選手権)を通して、ベースマークを一度もとられていない。新ルールに完璧に対応した乾の勝因は、徹底的な対策にある。小学校6年生から乾を指導する井村雅代コーチは、新ルールへの対応のため分度器を購入した。分度器を演技の録画映像にあて、正しいと決められている角度との差をチェックしたのだ。また、一番きれいに見える足の配置や、DDを判定するテクニカルコントローラーから見られる角度も考慮。客観的な分析に基づく緻密な修正により、乾は世界中の誰よりも新ルールの求める基準を満たすスイマーとなった。

 しかしその乾ですら、大舞台を控えて恐怖に襲われた。圧倒的な点差で首位に立ったFR予選後、乾は自覚がないところで大きな減点を伴うミスと判定される採点への恐れを口にしている。

 2021年に行われた東京五輪後からソロに専念してきた乾にとり、この世界選手権福岡大会は特別な思いを持って迎える試合である。当初は2021年に開催される予定だったが、コロナ禍により2度延期された自国開催の世界選手権。福岡で、そして東京五輪ではいなかった観客の前で泳ぐことを目標に、32歳の乾は未知の基準にも対応してきた。

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