大隅 変わりましたね。ゲノム解読が容易になったことで、ビッグデータをいろいろなシーンで扱うことも可能になりました。私は、東日本大震災の被災地の住民を対象に、15万人分のゲノムデータを定期的に集め、解読するという「東北メディカル・メガバンク機構」が行うゲノムコホート研究にも関わりました。その目的は、地域住民をリクルートして、継続的に健康調査を行うことによって地域住民の健康管理を行うとともに、収集したデータを解析・蓄積することによって、次世代医療に貢献すること。患者とそうでない人を単純に比較するのではなく、発症していない健康な人のサンプルも含め、男女比、年齢構成などさまざまな条件で多角的に健康状態の変化を追っていけます。例えば、70歳で認知症を発症した人が60歳のときはどうだったか、素因はあったか。アトピー性皮膚炎の子どもがいた場合、遺伝的にどのようなリスクがあるかなど、調べることもできます。ただし、ゲノムを解析するだけで、すべてがわかるわけではありません。特定の遺伝子を持っていたとしても、環境や生活習慣などで発現に差異が出てくるからです。先ほど申し上げたゲノム決定論では語れない部分ですね。ゲノムだけではなく、そうしたエピゲノム※の部分も両方明らかにしていかないといけないと思います。

『パラサイト・イヴ』などのSF小説をはじめ、科学を題材に執筆する作家の瀬名秀明さん
『パラサイト・イヴ』などのSF小説をはじめ、科学を題材に執筆する作家の瀬名秀明さん

瀬名 DNAはATGCという4種類の塩基の配列でできていて、僕らのゲノムの遺伝子情報はいわば暗号で書かれている。そこに基本地図はあるわけだけれど、遺伝子が発現しなかったり、ある特定の場面だけで発現したりするなど、人間の中では2次的な調整が行われているわけで。病気の場合は、ある働きがブロックされたり、過剰に発現したりすることが原因となることがある。環境などの変化による遺伝子発現制御の仕組みを解き明かすのがエピゲノム研究ですよね。

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世界中の生命科学者が解明に向けてチャレンジ