とはいえ、医療技術で若さに固執し、20代の時と変わらない性的アピールをするマドンナの方向性そのものが、エイジズムでミソジニーという考えも成り立つ。マドンナが切り拓いてきた道は、本当に後続の女性たちにとって生きやすい世界なのか、高齢者の美容整形は、マドンナが若い頃に見せた「自由」「反家父長制」というメッセージと同種なのか。そんな疑問は尽きないものでもある。でも、そんな女の葛藤そのものが、マドンナという大スターが私たちに現在進行形で見せてくれているものであり、だからこそ私たちはマドンナから目が離せない。さらに言えば一般人がスターに感じるのは強烈な憧れだけではない。私たちは世間の目にさらされながら生きるスターという人たちに深い同情も感じている。憧れと同情、そんなファンの葛藤の称賛を身にまといながら、スターと私たちは時代の欲望を再生産し続けているのだ。

 マドンナには、まだまだこの社会にとどまり私たちに見せてほしい。世界で最も影響力を持ち、世界で最もパワーを得た女性アーティストが、このミソジニー社会をどのように生き抜いていくのかを。マドンナであり続けるとはどういうことなのかを。

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