ほとんどの美術館では、絵画に触れたり撮影できないのは常識ですね。ところが、憧れの名画にさわってみたりツーショット写真を撮ったりしてOK!という美術館が、徳島県にあるのをご存知でしょうか。『大塚国際美術館』は、西洋名画を陶板製のレプリカにして年代ごとに展示している大人気の美術館です。人類にとっての宝である美術作品をまもるための「偽物」作りとは?

ヴァチカン? いいえ、徳島県の『システィーナ礼拝堂』です
ヴァチカン? いいえ、徳島県の『システィーナ礼拝堂』です
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全時代をカバーする実物大立体カタログ!

「レプリカ」って、本物ではなく「偽物」ということですよね? それじゃオリジナル作品のオーラも感じられなくて、行ってもぜんぜん満足できないのでは・・・。
そんな予想を完全に覆す、圧巻のスケールでした!
地下3階から地上2階まで、1000点余りの作品が、4キロにわたって展示されています。名画ってこんなにたくさんあるんだ・・・と圧倒されます。しかも、古代から現代までの西洋絵画が額縁を含め原寸大で再現されていて、写真でしか見たことがない作品の本当の大きさを体感できるのです。私たちが「西洋名画」と言われて思い浮かぶほぼ全てがここにある、といっても過言ではありません。全ての時代をカバーした巨大なリアルカタログか美術年表の中にいるようです。
全部じっくり鑑賞すると1日ではまわりきれないので、まずは美術史を体感するつもりで軽く一周してみるか、テーマや作品を絞って鑑賞するとよいかもしれませんね。
ふと気づくと、館内をウロウロするロボットが? じつは、彼はれっきとしたガイドスタッフ『大塚アート』さんです。「アガリ症で一方的にしかしゃべれない」とのことですが、展示の案内ばかりか名画の中のどの人物に似ているか「顔診断」までしてくれるんですよ! 言われた絵をすぐ確認しに行きたくなっちゃいますね。

「偽物」にしかできないリアルな体験

『モナリザ』『最後の晩餐』『ヴィーナスの誕生』『ヒマワリ』『真珠の耳飾りの少女』『大睡蓮』『叫び』『ゲルニカ』・・・
見たい名画があっても、誰もがすぐ現地に行けるわけではありません。将来オリジナルを見るための準備として、好みの作品をリストアップしながら歩くのも楽しそうです。展覧会の図録や画集は、しばしば実際の色やサイズがわかりにくかったりしますが、このレプリカなら正確にイメージできるでしょう。絵の具の厚みに手を触れて筆遣いまでを確かめられるのは、精巧な「偽物」ならではの醍醐味です。
部屋の中のポンペイの壁画、小さな教会の宗教画・・・その絵画の空間ごと再現される「環境展示」は、そこに身を置くとタイムスリップして当時の人々の感覚を疑似体験できるような気がします。ミケランジェロの『システィーナ礼拝堂天井画および壁画』も礼拝堂ごと再現され(写真参照)、モネの『大睡蓮』は自然光で見てほしいというモネのこだわりを生かして、なんと屋外(タイルだから強いのですね)に展示してあるのです。モネの池には睡蓮が咲き、太鼓橋も渡れます。
「傷みが激しくて動かせない」「ふだん公開されていない」「門外不出」など、なかなかお目にかかれない名画が世界には多数存在します。また、作品が世界各地に散らばって、一カ所に集めることは不可能なアーティストがいっぱいいます。
ゴヤの『着衣のマハ』と『裸のマハ』、ルノワールの『都会のダンス』と『田舎のダンス』など、日本の展覧会には片方しか来られなかったカップルがここでは隣り合っています。現存する数が少ないフェルメールの作品も、小部屋に集められています。さらに、ダヴィンチの『最後の晩餐』は「修復前」と「修復後」を向かい合わせて両方展示してしまうという、本物だったらありえないことが、この現場では起こっているのです。
時間と空間を越えて好きな画家の絵に囲まれる幸せ・・・ しかも、憧れの絵とツーショット写真まで撮れます(作品だけの撮影など禁止事項もあるので、ご確認ください)。
ただの再現を超えて「こんなことできたらいいな!」をとことん追求した「攻めてる」展示なのです。

人類の宝を次世代に伝えたい

絵画は本来、年月とともに劣化し退色していくもの。この美術館は、これらの文化財を記録保存し次世代に伝えたいという願いからつくられました。陶板(タイル)の原料は、地元鳴門海峡の砂。歪みがなく、肉眼では識別できないような微妙な色合いを再現するのに、この白砂は最適なのだそうです。 特殊な技術で原画の写真を転写し、高温で焼き付けます。
陶製の絵画は、環境汚染や地震・洪水・火事にも強く、2000年以上もそのままの色と姿で残るといいます。何世代か後の子供たちが見るオリジナル名画は、これらのレプリカより色褪せているのかもしれませんね。
古代から現代に至るまでの美術史を理解することはもちろん、世界にはどんな宝が存在するのかを知って手で触れて親しみ、いつか本物に会ってみたいと思わせる力がここにはあると思いました。オリジナル名画への深い敬意は子供にも伝わるので、「本物の名画もさわってよいと誤解させてしまうのでは」という心配は、たぶん不要かと感じます。
頑丈なバックアップをとって次世代に残す、という宝のまもりかたもあるのですね。
名画の旅には、歩きやすい靴でご出発を!