上野キャンパスに先立ち、17年に取手キャンパス(茨城県)にオープンした学食「藝大食堂」では、芸術活動を目的とするNPO法人「取手アートプロジェクト(TAP)」が、一味違う運営を行っている。
取手には先端芸術表現科が置かれ、利根川に隣接した自然豊かなキャンパスを舞台に、学生たちが陶芸や立体造形、身体表現などに取り組む。TAPでは10年から美術家で藝大准教授の岩間賢さん(49)の主導で、取手ならではの環境とカリキュラムを念頭にした長期プロジェクト「半農半芸」を行っている。
食堂の周囲に茂った樹木を伐採して畑を開墾する。教授の小沢剛さん(58)とともにキャンパスでヤギを育て、そこからアートと社会の関係を探索する。ユニークな活動を通して、芸術家、学生、地域の人たちが一体となることを目指しており、藝大食堂もその一環となる。
■地場の野菜ふんだんに
TAP事務局長・理事で、アートマネジメントが専門の羽原康恵さん(41)は、食堂を拠点にする意義を次のように語る。
「入り口がアートだと、地域の人はなかなか入りづらいのですが、食だと『身近で起こっている新しいこと』として、興味を持ってもらえる。そこから、思いもよらぬアクションが自発的に広がっていくのです」
ホールはPC作業や読書、サークルの集まりにも使いやすい雰囲気に、と心がけている。食堂コマニと同じく、厨房では地域の女性たちが、地場の野菜をふんだんに使った家庭の味を提供。食器は色味の美しい波佐見焼にこだわった。日替わり定食は学生が580円(教職員は850円)、来訪者は880円で、差額は芸術家の支援活動に充てる。
日本産のおいしい食材と丁寧な調理。そして地域コミュニティーとの交流。ここから日本のイノベーション感度が高まっていくことを期待したい。(ジャーナリスト・清野由美)
※AERA 2023年6月19日号より抜粋