名人と揮毫した色紙を持つ藤井聡太新名人(撮影・朝日新聞社)
名人と揮毫した色紙を持つ藤井聡太新名人(撮影・朝日新聞社)

 将棋の第81期名人戦七番勝負は挑戦者・藤井聡太が名人・渡辺明を破り、4勝1敗で勝利した。藤井は最年少名人と史上2人目の七冠獲得の快挙。次に見据えるのは前人未到の八冠だ。AERA 2023年6月12日号の記事を紹介する。

【写真】藤井聡太新名人が誕生した瞬間がこちら

*  *  *

 藤井聡太の名人タイトル獲得と同時に七冠もまた、史上最年少での達成だ。それがどれだけの難事かを語るのも難しい。羽生善治が七冠になったとき、将棋ファンの柳瀬尚紀氏(英文学者、故人)が書いた一文を引いてみよう。

「羽生善治七冠王の誕生──空前の偉業である。空前絶後の偉業といっても言葉が追いつかない。ただ、凄(すご)い、凄いを無限に繰り返すしかないようにさえ思う。とにかくおそろしく凄いことなのだ」(「朝日新聞」1996年2月16日付夕刊)

 柳瀬氏ほど語彙が豊かな人は稀であろう。その人がただ「凄い、凄い」と繰り返しているあたりに、七冠の凄さが表れているというべきだろう。

 羽生と同様、藤井の七冠も、ただただ凄いという他にない。

 多くの人は、羽生の偉業は「空前」にして「絶後」と思った。しかし藤井が七冠を得た現在、「絶後」とは言えなくなった。ただし同じ七冠でも、その意味合いは少し違う。羽生は当時存在した七つのタイトルすべてを制した。現在ではタイトルの数が増えて八つとなり、藤井はそのうちの七つを制した段階だ。もし藤井が8タイトルを同時に保持して八冠になれば、それは「空前」のこととなる。

「藤井八冠」に至る可能性を確認しておこう。

著者プロフィールを見る
松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

松本博文の記事一覧はこちら
次のページ