■ぶっ飛んだものを書く
本作は決してシビアで重いばかりではない。珠美への不満を口にする依子を、木野花さん演じるパート先の同僚は「あんた、ストレートに差別するね!」と豪快に笑い飛ばす。シーンのはしばしに描かれるコミカルさが「荻上流」だ。
「ユーモアはちゃんと入れていきたいと思っています。ただ依子が言う『(息子を)五体満足に産んでやったのに』のセリフは、正直迷いました。筒井さんとも撮る寸前に相談して『これやっぱり、なしにしてみましょうか』『そうですね』と、一回なしでやってみたのですが、木野花さんが『あれがあるからおもしろいんじゃない』って言ってくださって。そうだよね、とやっぱり戻しました。表現に気をつける必要はあっても、気にしすぎるのもよくないんでしょうね。あそこは木野花さんに助けられました。
主演の筒井真理子さんはもちろん、宗教団体のリーダー役のキムラ緑子さんも素晴らしくて、最初に3人で本読みをしたときに『あ、これは狂った女たちの話なんだな』と改めて気づいたんです。いまの日本では男も女も、なにかをずっと我慢して我慢して、ギリギリで耐えている。電車の中で突然キレるおじさんも、最近増えていますよね。だからこそ映画の最後にはなにか開放感があれば、と願いました」
次回作は不条理劇になる予定だという。常に新たな世界へ挑戦する心を持ち続けている。
「自分のやることが当たり前にならないように気をつけています。年齢を重ねると意識しないと『普通にいい人』になっちゃうので(笑)、それではつまらない。文学でも映画でも『ええ?!』と意表を突く作品が心に残る。だから自分もどこかぶっ飛んだものを書きたい。本作もブラックなコメディーとして作ったつもりです。こんな世の中だからこそ絶望を笑ってほしいんです」
(フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2023年6月5日号より抜粋