荻上直子監督のオリジナル最新作「波紋」は、現代社会の闇や不安、女性の苦悩を痛快に描き出す。全国公開中 (c)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ
荻上直子監督のオリジナル最新作「波紋」は、現代社会の闇や不安、女性の苦悩を痛快に描き出す。全国公開中 (c)2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ
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 荻上直子監督の最新作「波紋」は、水を信仰する宗教団体に傾倒する主婦を主人公に描く。主婦監督自身も「自分の中の意地悪な部分や邪悪な部分を前面に出してみたい」と思ったという、本作への思いを聞いた。AERA 2023年6月5日号の記事を紹介する。

【写真】荻上直子監督

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 ヒット作「かもめ食堂」から女性の生き方を描いてきたが、近年はより社会的な問題に視線がいくようになった。12年に双子の女児をもうけたことも転機になったと振り返る。

「やはり出産の体験が大きいですね。夫も子育てに協力してくれていたのですが、ちょうどうまくお金が集まらなかったりして映画がまったく撮れなくなってしまった。仕事がしたいのにできない。当時は悶々と不安で苦しかった。

 年を重ね、また子どもを持ったことでよりいろんな問題に目がいくようになったこともあります。私自身、原発事故以降、いまも子どもには水道水を飲ませたくないと思ってしまっている。なにより時代の空気もあると感じます。10年前よりも、あきらかにいまのほうがみんな不安ですよね。大きな震災がまたいつくるかわからないし、戦争だっていつ起こってもおかしくない。ウクライナのように昨日まで平和だったのに今日から戦争、みたいなことにもなりかねない。そんな不安さを、みんながそれぞれに抱えているんだと思うんです」

 そんななかで生じる「意地悪な気持ち」を正直に主人公・依子(筒井真理子)に託した。例えば聴覚障害のある息子の恋人・珠美(津田絵理奈)への態度。過剰な正義感に覆われた社会の空気へのアンチテーゼもある、と監督は明かす。

「障害のある人に対して『頑張っていてえらいね、素敵だね』という描写が当たり前な風潮に違和感を抱いていたんです。いざ自分の娘が相手を連れてきたら、手放しで祝福できるだろうか? 彼女が選んだ相手なら、と最終的にはOKするとは思うけど、絶対に一瞬『え』と思ってしまうはず。そういう感情をきれいごとや美談にしたくなかったんです。依子にはちゃんと差別をしてほしくて、こういう描写になりました。実際に障害のある方に演じてもらおうと決めていて、オーディションで津田絵理奈さんに出会うことができた。彼女自身がとても強い女性だったので、珠美はしたたかで強い女の子になった。結果的におもしろくなったと思います」

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