外山薫さんや麻布競馬場さんの作品は、発売後瞬く間にベストセラーとなった。タワマン文学はSNS上に短文で投稿される「ツイッター文学」の一種で、4月には両氏を含む10人の作家のツイッター文学を集めた『本当に欲しかったものは、もう』(集英社)も発売(撮影/写真映像部・和仁貢介)
外山薫さんや麻布競馬場さんの作品は、発売後瞬く間にベストセラーとなった。タワマン文学はSNS上に短文で投稿される「ツイッター文学」の一種で、4月には両氏を含む10人の作家のツイッター文学を集めた『本当に欲しかったものは、もう』(集英社)も発売(撮影/写真映像部・和仁貢介)

<頑張って東京に出てきて、毎日嫌な思いしながら働いて、三十五年ローンで家を買っても、東京って上には上がいるじゃないですか。それも無限に。仕事でも先が見える中、自分が何者でもないという現実をつきつけられて、それでも惨めな自分を認めたくなくて、自分のアイデンティティをマンションや街に投影して承認欲求を満たす人の気持ち、わからなくもないですね。少しだけ>

 外山さんと同様にタワマン文学シーンをリードしてきた「麻布競馬場」(通称アザケイ)さんも、タワマン文学執筆を「自身のセラピー」だと語る。アザケイさんもまた、地方都市から慶應義塾大学に進学し、大手企業に勤める会社員だ。タワマン文学につながる原体験は大学在学中に感じた「格差」だという。

「高校までは自分はできる、イケていると思っていたけれど、大学に進学してみると、恐ろしく優秀な人や、有名タレントの息子など地方都市では出会うことがない人が大勢いた。地方出身の自分はここに来るまでに彼らと比べてあらゆる経験をできていないのではと思うと、ものすごく不安になったんです」

 ツイッターなどに投稿したショートストーリーをまとめ、咋年出版された『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)にも、地方から上京した人々の孤独や苦悩がリアルに書き込まれている。

■中流層は弱音吐けない

 ただ、タワマン文学は単にエンタメとして消費されるだけの物語ではない。外山さんの作品にせよ、アザケイさんの作品にせよ、通底するのは誰しもが苦悩を抱えていること、そしてそれでも人生は続くことだ。

『この部屋から~』には、こんな文章が並ぶ。

<誰もが苦しみながら生きています。死なないでください。(中略)みんなで生きましょう。死なず、死なせないようにしましょう。苦しみの中でこそ、他人の苦しみを思い、助け合いましょう>

<完全な幸せが存在しないように、完全な不幸せも存在しない>

 アザケイさんはこう続ける。

「中流層は、社会全体の中では明らかに恵まれています。だからこそ、弱音を吐けない。嫌なことがあっても、次の日もまた生きていかなければなりません。自分も含めた都市に暮らす人々の人間賛歌のつもりで、これを書いています」

 心ざわつかせる苦いエンタメの中に、令和の東京を生きる人々への当事者からのエールが込められている。(編集部・川口穣)

AERA 2023年5月29日号より抜粋

著者プロフィールを見る
川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

川口穣の記事一覧はこちら