それが14億人の世界一の人口を有し、米国につぐ大国でトップレベルの権力を手にしたのである。そのカタルシス(快感)の大きさは想像を超えるものがあるだろう。同時に、それは恩人である習近平氏への「忠誠」として表れてくる。
習近平時代の到来は、トウ(登におおざと)小平時代の終焉(しゅうえん)を意味する。トウ小平氏の党内統治の特色は集団指導と指導者選出の透明化だった。毛沢東の個人崇拝でひどい目にあった反省からだった。それを反故(ほご)にし、指導部を身内で固め、後継者も定めない習近平氏の新体制は、毛沢東時代への先祖返りと見られても仕方ない。
■専門家軍団をほぼ排除
これもトウ小平氏の方針で、国家主席や党総書記が外交や内政を司(つかさど)り、経済は国務院(行政府)に任せるというのが慣例だった。それゆえに、温家宝氏や朱鎔基氏などかつての首相は経済専門家としてかなり言いたいことを言い、庶民の人気も高かった。「経済は俺がやる」という意気込みがあり、その独立性が尊重され、彼らの下には欧米で教育を受けた経験も豊富なテクノクラート集団がそろい、社会主義と資本主義の両面を持つ難解な中国経済を支えてきた。
だが、今回の人事でそうした専門家集団はトップグループからほぼ排除され、ドメドメの秘書軍団がとって代わった。李強氏も何立峰氏も地方で実績を上げている人で、コネだけで出世した無能な人物ではないが、国レベルの行政経験はない。不動産バブルの崩壊、コロナによるロックダウンの後遺症など中国経済の先行きは不透明だ。米国の対中経済デカップリング(切り離し)も厳しさを増す。今年も5%前後の経済成長を掲げる中国経済のかじ取りがちゃんとできるかどうか、不安視する向きがあるのは当然だろう。
習近平氏の新体制について『私が陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット』という著書がある中国出身の政治評論家、デズモンド・シャム氏は「今年が習近平にとって権力行使の元年になる。過去10年は習近平にとって権力を固める期間。これから10年が理想を実現する期間。もはや彼を掣肘(せいちゅう)する勢力は共産党に存在しなくなった」と指摘している。(ジャーナリスト・野嶋剛)
※AERA 2023年3月27日号より抜粋