主要7カ国首脳会議(G7サミット)では、「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」が公表された。岸田文雄首相が「歴史的」と強調したサミットだが、被爆者から聞かれたのは憤りや落胆の声だった。AERA 2023年6月5日号の記事を紹介する。
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広島の冠を付けた「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」が公表されたのは、一行が平和記念公園で原爆犠牲者を追悼した5月19日の夜である。
広島ビジョンは、ロシアによる核使用の危険について警鐘を鳴らし、22年1月に米ロ英仏中の核保有5カ国が出した「核戦争に勝者はない」との共同声明を踏まえながら、「冷戦終結以後に達成された世界の核兵器数の全体的な減少は継続しなければならず、逆行させてはならない」との方向性は示した。
だがここに、G7が核抑止政策を正当化する核兵器保有の理由が明記された。被爆者や市民団体が懸念していたことが現実となった。次の一文である。
《我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている》
核軍縮の歩みを半世紀以上見続けてきた黒澤満・大阪大学名誉教授は、広島ビジョンについて、あまり期待していなかったと語る。G7は核保有国とその同盟国であるからだ。「22年1月の5カ国声明と同じものになるだろうという予想の通りでした。広島で開催している意味がまったくないように思う」
■打ち砕かれた望み
被爆者たちは落胆を隠さなかった。日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の木戸季市事務局長は、21日のオンライン会見で冒頭、こう述べた。
「一縷の望み、希望を完全に打ち砕かれた。今は怒りに震えているところです。核抑止論をもって、核の傘の下で戦争をあおるような会議になった」
文面は、核兵器禁止条約にも核廃絶にも触れていなかった。田中熙巳代表委員は「最初から広島が貸し舞台にされると思っていた」。参加者からは、ゼレンスキー大統領の広島訪問にも疑問の声が上がった。「広島の地で武器の供与を決めてほしくなかった」「武器では人を救えない」「歓迎ムードで報道されている」……。
カナダに住む被爆者のサーロー節子氏(91)は、3年半ぶりに訪れた故郷の広島で失望を味わった。20日に発表されたG7首脳声明にがくぜんとしたのだ。