※写真はイメージです (GettyImages)
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 今号を最後に休館になる「週刊朝日」の書評欄「週刊図書館」。これまでさまざまな書籍を紹介してきた執筆陣の方々が選ぶ「次世代に遺したい一冊」は? ご愛読してくださった読者の方々へ厳選の一冊を贈ります。

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■『健全なる美食』(玉村豊男 中公文庫)

選者:ライター・温水ゆかり

 一時帰国した友人夫婦に焼き魚コース的なものを出したら、妻が「時間がかかるのに」と感激してくれた。そ、和食ってカッコつけようとすると意外に時間がかかる。この本がいいのは、炎天下での労働の後に手早く作れて健全な食欲も満たすレシピであること。労働賛歌のメニューと言ってもいい。ズッキーニのリゾットや豚肉の日本酒ソースなどはもはや私の定番。実は料理にも花にも流行がある。この本にある気取らない味の不易をコンビニ弁当派に伝えたい。

■『庶民烈伝』(深沢七郎 中公文庫)

選者:詩人・蜂飼耳

 深沢七郎のものの捉え方にはにわかに斜めに斬り込んでいくところがあって、何度読んでもどきどきしてしまう。考えさせられる。お薦めの作品はいくつもあるが、ここでは『庶民烈伝』を。その中でもとくに「安芸のやぐも唄」は苛烈で、一度読んだら忘れられない。ある経験が人間をどう変え、どう運んでいくのか、真正面から描く。柔らかさのある平明な文章によって、生きることの厳しさ、哀しさへ突入する。深沢七郎には時代を超える太い芯がある。

■『塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性』(藤本和子 岩波現代文庫)

選者:作家・エッセイスト・平松洋子

「わたしはその世界のことをおしえてもらいたいと思った。苦境にあって人間らしさを手放さずに生きのびることの意味を」。R・ブローティガンの小説の翻訳でも知られる藤本和子は、1980年代、北アメリカの黒人女性たちの声を聞き集め、日本語に表して記録した。アフリカからの離散、差別、貧困……「狂気」に満ちた世界を生きのびてきた力の根源は何なのか。人間の尊厳と正面から向き合い、みずからの視野を開く意味を問いかける不朽の著作だ。

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