下重暁子・作家
下重暁子・作家
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子さんの連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、「子供を作ること」について。


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「異次元の少子化対策」


 この不可思議な言葉が独り歩きしている。岸田首相の肝いりで、少子化対策を急ぐべく「こども家庭庁」が発足した。


「家庭庁」と付けた点で、いまだに日本では家庭、家族第一主義であることがわかる。子供のいる家庭が幸せという考えがすりこまれている。


 子供が減少し人口が少なくなることを恐れるあまり、なんとか子供を増やしたいと苦肉の策が講じられる。未来に希望が持て、多くの人が自然に子供を持ちたくなる社会を目指すならいざ知らず、とにかく人口を増やすために、子供を産むことを推奨するとは本末転倒。


 上から押し付けられると、子供が欲しいと思っていた人まで意気をそがれる。


 そこへ衝撃的な本が話題になった。


 イスラエルの社会学者が母親二十三人にインタビューした記録『母親になって後悔してる』(新潮社)である。国を挙げて出産を奨励しているイスラエル特有の話かと思ったら、著者のオルナ・ドーナトさんは、女性が母親にならない選択をしたり、自分が親に向いているか熟慮する間もなく子供を産んだことを後悔したりすることが、社会でタブー視される現実を変えたいと思ったという。


 母になった後悔を口にすると激しく非難され、子供を産まなければよかったと考えるのは一時の鬱状態であるととらえられる。そこには女は生まれながらに子供を産むものだという根強い固定観念が今も存在している。


 私自身、私の意思で子供を作らなかった。若い頃、なぜ自分を産んだのかと父母に真剣に反発したし、そんな私を「暁子命」とかわいがり、自分の生き方を放棄している母を見ているとたまらなかった。


 しかし、一番恐ろしかったのは、そんな私がもし子供を産んだら母と同じになってしまうかもしれないことだった。それだけは避けたい。私は私の一生を責任をもって生きるが、他の命を責任をもって育てることは出来ないと思った。正解だったと今も思っている。

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