「虎も蠅も同時に叩く」をスローガンとして、中国の習近平主席は政権発足後の1年間で18万人以上の腐敗分子を処分した。そのうち15万人は中国共産党の幹部だ。「虎」とは大物の政治家、「蠅」は「虎」のまわりを飛び交う小物たちのことを指す。胡錦濤時代の中央軍事委員会副主席・徐才厚やチャイナ・ナイン(中国共産党中央政治局常務委員9人)の一人だった周永康までが囚われの身となっている。政治局常務委員およびその経験者は政治問題以外の腐敗問題などでは逮捕しないという「聖域」だったが、習近平はその聖域に斬りこんだことになる。
日本ではよく「これは習近平の権力闘争だ」とか「習近平は政敵を倒したので、これでようやく政権基盤を固めることができた」などという報道がなされるが、とんでもない。
この「虎狩り」は権力闘争でないだけでなく、習近平政権は誕生したときから非常に盤石である。
なぜ盤石なのか?
それは習近平の生い立ちを紐解かなければ、正確な回答に辿り着くことができない。
習近平は1953年、国務院副総理にまで上り詰めた習仲勛(しゅうちゅうくん)の子供として生まれた。習仲勛は陝西省延安に辿り着いた毛沢東を助け、毛沢東とともに革命戦争を戦ってきた革命第一世代だ。ところが62年、毛沢東は習仲勛を冤罪で逮捕投獄。それによりまだ9歳だった習近平も激しい批判を受けるが、やがて文化大革命が始まり、15歳になった習近平は当時の知識青年とともに辺境の地に下放される。このとき習近平が自ら下放先として選んだのが「革命の地、延安」だった。
ノミやシラミに噛まれながら重労働に耐えていく中で習近平が学んだ教訓が、こんにちの習近平を生み、彼の政治哲学を形成している。
では習近平は反腐敗運動によって何を狙っているのか?
それは鄧小平が胡錦濤に託した「共富」を実現することである。鄧小平は改革開放を始めるに当たって、「先に富める者から富め」という「先富論」を唱え、同時に「富んだ者が、まだ富んでいない者を牽引して共に裕福になっていけ」という「共富論」を指示している。
鄧小平は「先富」を江沢民に託し、「共富」を胡錦濤に託した。江沢民はたしかに中国経済を成長させたが、同時に激しい貧富の格差と利益集団を生んだ。「共富」を託された胡錦濤は、平等を目指した「和諧社会」や経済発展の際に環境に配慮すべきだとする「科学的発展観」などを唱えて鄧小平から与えられた宿題を果たそうとしたが、既に巨大化した利益集団に阻まれて実現できないで終わった。
そこで習近平は利益集団を切り崩すべく、腐敗の巣窟に斬りこんだのである。
これが可能なのは習近平そのものが利益集団の巨頭である江沢民派の傘下にあったからだ。だから権力闘争ではないという形で腐敗分子を果敢に逮捕することができたのである。それが可能な秘密は習近平政権における中共中央政治局常務委員7人の構成にある。筆者は新たにこの7人を「チャイナ・セブン」と称することにしているが、習近平の人生を詳細に追いかけていくと、チャイナ・セブンのうち5人はすべて、習近平の父親、習仲勛あるいは母親と密接な関係にあることが判明した。だからチャイナ・セブンにおける多数決議決で習近平はほぼ自分の思うままに動くことができるのである。これを可能ならしめているのは習近平が「紅二代」(革命第一世代の子女)だからだ。
習近平は第二の毛沢東か? いや、毛沢東を超えているのではないのか。その意味で筆者は習近平を〈紅い皇帝〉と名付けた。
では、〈紅い皇帝〉は具体的には何をするのか?
それは中国の利益をほとんど独占している国有企業の構造改革と「国家新型城鎮化計画」の実現だ。「国家新型城鎮化計画」というのは、東海岸の大都市に集中している3億近い農民工の問題を解決するため、内陸部に中小都市を建設して職場を創出し、都市の戸籍を持たない流動人口に戸籍や住民票を与えて、社会保障制度を充実させていこうという巨大な計画だ。それを実現させるためにも腐敗による国家資金の消失に歯止めをかけなければならなかった。
本書では習近平や李克強の人生を追いかけるだけでなく、2017年には空く5つの椅子に誰が座るのかも予測する。また中国の海洋戦略を含めた外交戦略も描いた。
最後に、中国で毎年起きている20万件におよぶ暴動とともに、香港問題は習近平の泣き所だ。本書では言論を弾圧する中国と香港問題にもメスを入れ、中国共産党が抱える本質的問題と習近平政権の真相を明らかにした。