「神の手」を持つといわれた男がいた。藤村新一。アマチュアながら、旧石器時代の石を次々と掘り出し、考古学史を塗り替えた。後に自ら石を埋めていたことが明らかになり、日本の考古学の時計の針を逆回転させる。だが、本書を読むと、藤村の暴走はアマチュア学者の虚栄心としては片づけられない。著者の根気強い取材は学閥闘争と旧態依然とした学界の体質に踊らされた藤村の被害者としての側面も浮き彫りにしている。
「世紀の発見」とされた岩宿遺跡の発見。発見者は考古学好きの行商人の相澤忠洋として知られるが、考古学界では論文執筆者の明治大学教授の杉原荘介とされている。手柄を横取りされた相澤の杉原に対する怨念。それを焚きつける、杉原と犬猿の仲である明大の芹沢長介。明大を去った芹沢は東北大学で古巣への復讐に燃える。アマチュア学者を重用し、その系譜に連なるのが藤村だった。
 藤村はねつ造発覚後、自ら二本の指を切り落とした。「ケジメ」をつけた藤村に対して考古学の世界は変わったのだろうか。

週刊朝日 2014年9月26日号