奥多摩で発見された身元不明遺体には奇妙な刺青(背中に大きなハローキティ!)が彫られていた。
 主人公のサトウはとっさに理解する。死者は彼となじみの同好の士であった。〈かねてより切腹プレイを至上の目標にかかげ日々研鑽を積んでいた彼が、ついに自ら死亡記事の中の人物となった〉のだ!
 せ、切腹プレイって……。なーにそれは。その人は変態なの?
 はい、変態です。なんたってタイトルが『メタモルフォシス』ですから。メタモルフォシスは日本語に直せば変態(ただし昆虫の)で、カフカの『変身』も英語では『ザ・メタモルフォシス』だ。もっとも羽田圭介『メタモルフォシス』はマゾヒストの心境をとことん追究した純文学系の変態小説。女王様にいたぶられる「調教」を通して自らの存在感を確かめる男たちの物語である。
 サトウが愛好するのは、たとえば恥ずかしい格好で屋外を出歩く「野外放置プレイ」である。みじめな姿になればなるほど〈サトウはこの絶望的状況に恍惚となった〉。プレイの中身はしかし多種多様で、人に糾弾されるようすを録音して聞く音声データプレイ(?)あり、自身の恥ずかしい過去を文章にして公表する自費出版露出プレイ(?)あり。危険なプレイをやりすぎて病院に運び込まれれば、医師や看護師の軽蔑的な視線がまた〈素人にしか成し得ない技〉として彼に〈恥じらいの念と快楽〉をもたらすのである。
 気持ち悪い描写の数々に途中で本を投げ出したくなるのを我慢して読み続けると、心身の苦痛をこれほどまでに探求する彼らの求道的な姿勢に興味が湧く。悪徳証券会社の社員として富裕層の老人を日々だましているサトウは、実生活ではサディズムを生きているともいえるわけで。死の恐怖を味わおうと、ついに彼は危険な賭けに出るのだが……。
 今期芥川賞を最後まで争った問題作。これが受賞していたら世間は仰天、侃々諤々になったかも。それが見られなかったのはちょっと残念。
週刊朝日 2014年9月12日号