2011年に自死を選んだ元プロ野球選手の伊良部秀輝。かつて、彼の投げる球は日本の誰よりも速かった。160キロ近い直球は清原和博など並み居る強打者を黙らせた。だが、彼の投手としての生命線は粗暴そうな外見や歯に衣着せぬ発言とは対照的な緻密な投球術だった。
 繊細ゆえに抑えられない感情。本書全体を通じて伝わってくるのは痛々しいほどの不器用さだ。伊良部は生き別れになった父親を探しにメジャーリーグを目指すと幼少期から周囲に語っていた。ただ、メジャーリーガーになり、マスコミから夢の理由を問われても決して「父親探し」を認めようとはしなかった。そのような質問にはもの凄い剣幕で反論した。
 著者は虚実が入り交じる伊良部の言葉に戸惑いながらも、生い立ちからの人生を辿ることで彼の心の奥底をのぞく。徹底的な取材は野球に対してだけは死の直前まで誰よりも真摯に向き合った、我々が知らない姿を浮き彫りにする。伊良部の不遜な態度にのみ着目してメディアが作り出してしまった虚像を剥ぐ一冊だ。

週刊朝日 2014年7月11日号