ホワイトハウスには暗殺リストがある。米国にとって危険だからという理由で、合法的な手続きによらずに処刑する人物のリストである。2013年の早春、リストに新たな名前が加わった。ネットの動画でテロを煽る、狂信的イスラム教徒の男である。顔も名前も不明の「説教師」と名づけられたこの男を殺すよう、米海兵隊中佐、暗号名「追跡者」に命令が下る。
 フレデリック・フォーサイスの新作、『キル・リスト』の設定はざっとこんな感じだ。
 1970年発表の『ジャッカルの日』(日本では71年発売)から40年あまり。70代なかばとは思えないパワフルな冒険小説だ。
 叙情的な記述を徹底的に排し、無機的な短い文章を積み重ねていく。そのリアリティに圧倒される。たとえば日本の作家がよくやるような、政党や機関の名前を架空のものにするようなことは最小限にとどめられている。政治家も政党も実名で出てくる。
 リアルなだけに、見方を変えると、おぞましい小説だ。米国政府がインターネットの監視を広く行っていることが、元政府機関職員のスノーデンによって暴露されたが、この小説に描かれているのはまさにその世界。登場人物たちは、何の疑いもなく盗聴や監視を行う。国家の敵と見なせば暗殺することも躊躇しないが、国家の敵かどうかを決めるのは権力中枢にいるごく一握りの人間だ。
 主人公「追跡者」は米海兵隊の兵士だが、クライマックス・シーンで「説教師」を急襲するのは英国軍の特殊部隊である。しかも現場はアフリカのソマリアだ。米国による暗殺指令によって英国軍がソマリアで活動するのだ。ははん、安倍首相が主張する集団的自衛権ってのは、こういうことか。
 命令されて暗殺を実行するだけでは小説として弱いと思ったのか、作者は「追跡者」の父をテロリストに殺させる。職務命令に私怨が加わるのだが、政治や外交に私怨をからませちゃいけない。

週刊朝日 2014年7月4日号