そうそう、アメリカだと家具類を移動するコストも省くことができるのです。なぜなら中古品の売り買いがさかんだから。日本にも昔からリサイクルショップがあり、昨今はメルカリやジモティーなど中古品を売買・譲渡するサービスも一般的になっていますが、アメリカのやり取りはもっと軽やかです。たとえば家の外にソファやテーブルを置いて“Free” と紙きれを貼っておくと、誰かが持って行ってくれる。またはご近所さん同士のFacebookコミュニティーに「誰かこれいらない?」と画像付きでポストすると、すぐリプライが来る。 Craigslist、Offer Up、 Facebook Marketなどオンラインで売買する手段も豊富です。車社会なので、大型の物も車でひょいっと受け取り可能。学校や教会など寄付先も多く、寄付された品でバザーも頻繁に開かれています。我が家も転出時にはたくさんのものを売ったり譲ったりし、転入時にはたくさんのものを中古で買ったりもらったりしました。支出が抑えられるし、物も無駄にならない良き文化です。

 そして最も大きな理由だと個人的に思うのが、物件に関する諸費用です。少なくとも私の知る限り、アメリカの賃貸物件には敷金(deposit)はあっても礼金(key money)はありません。日本では賃貸を住み替えるたびに礼金を払わなきゃいけないのかと思うと、引っ越しも二の足を踏んでしまいます。購入物件の場合はさらにで、日本では一度家を買うと資産価値が急落するため売ると大損になってしまいます。アメリカでは不動産の資産価値はなかなか落ちず、かえって上昇することもしばしばで、住み替えのハードルが日本より俄然低い。州によって法律や税率、気候や文化がまるで違うので、ライフステージに合わせて新天地に引っ越しをする人もよく見ます。

 引っ越しが気軽にできることは、人生の風通しをよくします。新しい土地で、新しい自分に生まれ変われる。トラブルが生じたら逃げることもできるし、人生を自分でコントロールしている感覚を持てます。日本では出社が基本、転勤も一般的で、引っ越し費用の高低以前に住む場所を自分で決められる可能性が低いかもしれませんが、引っ越しがもっと安価にできれば人生がさらに楽しくなるよな、と根無し草気質の引っ越し魔としては思います。我が家は今、15回目の引っ越しに向けて貯金しなけりゃと思っているところです。なにしろ前回の引っ越しからもうすぐ1年経つというのに、まだ引っ越し貧乏のダメージから回復できていないのですから。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)
ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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